朽ちる 終章

文字数 2,724文字



「おかえり! 青蘭」
「おかえりなさい。青蘭さん!」

 ようやく、我が家に青蘭が帰ってきた。

 ザクロの木の下に埋まっていたとき、心拍が止まっていたから心配したが、今のところ、とくに後遺症や障害はないようだ。念のため病院に一日だけ検査入院したが、異常は見つからなかった。

 龍郎の運転する車から降りると、青蘭は周囲の森の匂いを心地よさそうに吸いこんだ。

「きれいな家ですね。僕、こういうの、わりと好きですよ。とりあえず、龍郎さんの前のワンルームのアパートよりはマシ」

 新しい家は、青蘭もすっかり気に入ったらしい。ご機嫌だ。

「ほら、ここが青蘭の部屋だよ」

 龍郎は掃除して飾りつけておいた部屋に、青蘭を通す。青蘭の着替えなども運んであるが、何よりも、部屋中にあふれんばかりの、ぬいぐるみ。もちろん、青蘭のお気に入りのユニコーンも置いてある。

 青蘭は目を輝かせて龍郎をかえりみた。

「いいだろ?」
「うん。でも、龍郎さんの部屋は?」
「おれの部屋は、ここだよ」

 言いながら、あいだの襖をあけはなつ。

 部屋の割りふりを清美と相談して、龍郎は書斎に近い、床の間のある六畳間、そのとなりの続き部屋を青蘭が使うことにした。あいだの襖さえ開けておけば、いつもいっしょにいられる。龍郎は持ちものが少ないから、布団も二人ぶん、ならべて敷くことができる。さすがに、ぬいぐるみだらけの部屋で愛しあうのは、ちょっと気がひける。

 清美は玄関に近い四畳半と、物置を挟んだ八畳間を寝室と大量の私物置き場に使う。

 そして、台所に近い奥側の広間を、みんなのリビングルームにしようということになった。

「まわりも静かだし、素敵ですね」
「そうだね。ここなら、ゆっくりすごせるよ」

 もっとも、しばらくはマスコミなどで、少しばかり近所がウルサイかもしれない。

 冬真たちの死体を発見したむねを、昨日、警察には通報した。近所に以前の友達の家があると知って、訪ねていったら一家の遺体を発見してしまった、と警察には告げてある。

 氏家家の家族が亡くなったのは、やはり数ヶ月前だった。なぜ、今まで誰にも見つからなかったのか、警察は首をかしげていた。まるで魔法で隠されていたかのようだと。

 もちろん、今回も龍郎が真相を警察に語ることはない。言っても信じてもらえないことはわかっている。
 世の中のふつうの人々は、龍郎や青蘭が経験するようなことは、この世に存在しないと信じている。

 とにかく、氏家家の人たちは菩提寺の墓に葬られることになった。愛する兄と永遠に眠ることができて、きっと瑠璃も幸せだろう。

「さあ、今夜は青蘭さんが帰ってきたお祝いパーティーですよ。鍋がいいですか? 焼肉がいいですか? デザートに清美特製アップルパイも作りますね」
「清美のぶんざいで料理できるんだ?」
「あれ? 青蘭。清美さんはけっこう上手だよ。スウィーツ以外、食べたことないけど」
「ふうん?」

 青蘭が不信の目で清美をながめる。
 そんな仕草まで、いちいち可愛くてしかたない。とりもどせて本当によかった。

 夕刻。
 パーティーの支度をしているところに、訪問者があった。呼び鈴にこたえて玄関の引戸をあけると、リエルとフレデリック神父が立っていた。

「……いらっしゃい」

 まあ、今回は彼らにも助けてもらった。神父には幽閉の塔の魔法媒体を壊してもらったし、二の世界でリエルが青蘭の身代わりになっていてくれなければ、今、青蘭が生きて戻れていたかどうかもわからない。
 これからパーティーなんですがと言いたいところを、龍郎はグッと我慢した。

 だが、龍郎の気分に反して、リエルはやけに親しげに笑いかけてくる。
「無事、ルリム・シャイコースを退治できたようだね。龍郎くん」

 なんだろうか?
 この先日までとのギャップは。
 能面のように無表情だった金髪の美青年が、まるで、なついたばかりの子猫のようにすりよってくる。

 居間の襖をあけた青蘭が、このようすを見て駆けつけてきた。子どもじみた態度で、龍郎の腕に自分の腕をからめる。龍郎をとられると思ったようだ。

 リエルはジロジロと観察する目つきで、青蘭を上から下までながめた。AIで分析するように、たっぷり時間をかけて凝視したあと、ようやく口をひらく。

「今回のことは君たちへの貸しだ。よくよく覚えておいてくれたまえ。我々が要請したときに、この借りを返してほしい」

 青蘭は本能的にリエルをライバルだとふんだらしい。黙って睨んでいる。
 かわりに龍郎が答えた。

「いや、まあ、それはしかたないかな。借りは返さないと」
「龍郎くんはそう言ってくれると思っていたよ。君は今どき珍しいほど純粋な人だね。どうか、これからも仲よくしてくれたまえ」
「あ、ああ……うん」

 青蘭とは反対側の龍郎の腕をとってくる。状況的には両手に花なのだが、むしょうに怖い。

「じゃあ、私は本部に帰るが、フレデリックを残していく。君たちは好き勝手、移動するから、せめて、いつでも連絡がつくようにしておいてほしい」

 リエルは去っていった。
 そう言えば、あの螺旋の巣の夢のなかで、リエルが何か妙なことを言っていた気もするが、いったい、あれはなんだったのだろう? 今となっては思いだせない。

 その夜はすき焼きパーティーで盛りあがった。甘いすき焼きは青蘭の大好物だ。すき焼きの具で青蘭がとくに好きなのは、うどん。

 こんな、なんでもない幸せが毎日、続いてほしい。
 そう思っていたのだが……。

「ああ、うまかった。やっぱシメは雑炊だよな」
「あっ、じゃあ、わたし、コーヒーいれてきますね。清美特製アップルパイですよぉ」

 広い居間には座卓が置かれ、なんだか宴会場みたいだ。もっと家族のリビングらしく、ちょっとずつ改造していかなければ。

 清美が部屋を出ていくと、室内には龍郎と青蘭の二人きりだ。

 龍郎は青蘭の耳元に唇をよせた。
 どうしても、そのことを話しておきたかった。

「ねえ、青蘭。お願いがあるんだ」
「うん。何?」
「これからは、なるべく、アンドロマリウスを使わないようにしてほしいんだ。おれが君を守るから」

 青蘭は無邪気な顔で、龍郎を見つめる。

「アンドロ……何?」
「えっ?」

 龍郎は青蘭を見返した。
 最初は青蘭がふざけているのかと思った。

「アンドロマリウスだよ。青蘭のなかにいる悪魔」
「なんのこと言ってるのか……わからない」

 困ったような青蘭の顔を見て、嘘をついていないのだと、龍郎は知った。

 アンドロマリウスが青蘭のなかから消えた?
 いや、青蘭の記憶から?

 ふと、思う。
 一の世界で失われた青蘭は、青蘭のどの部分だったのだろうと。

 目の前にいる青蘭は、完全ではないのかもしれないと……。




 第四部 完
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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