忌魔島奇譚 その二

文字数 2,580文字


 上から見た感じでは、昭和初期の村に近かった。
 もちろん、龍郎は映像でしか知らないが、木造の建物にトタンの屋根。ほとんどは古い様式の平屋建てだ。

 まだ朝の六時すぎだというのに、その村の上空に接したとたん、朝日が汚染されてしまったかのように、暗く淀んで見える。
 じっさいに周囲を森と岩壁に囲まれているから、日差しがあたりにくいせいもあるだろう。しかし、それだけでもない気がした。

 何かがこの近くにひそんでいる。それは魔王クラスの最上級悪魔だ——と、青蘭は言っていた。
 おそらくは、そいつのまきちらす不快な瘴気(しょうき)が、景色さえ歪んで認識させてしまうほどに濃いのだ。

 生きて帰れる保証はない。
 そう。実感した。

 しばし、圧倒されていた。が、いつまでも立ちつくしているわけにはいかない。家があり、村があるなら、かえって人は探しやすいかもしれない。

 龍郎は今度は意識的に村の構造を検分した。頭のなかで地図を描きながらながめる。とくに目立つ大きな建物と、通りの位置はしっかりと脳裏に刻みつける。
 スマートフォンのメモ機能で、ザッと地図は描いたものの、充電が切れれば、これは使えなくなる可能性がある。重松との最後の連絡手段として残しておきたいので、ここからはあまりスマホに頼らないようにしなければならない。

(次の探偵調査のときは手帳と鉛筆を持ってこないとな。アナログがけっきょく一番強かったりするんだよな)

 村の配置に規則性は感じられなかった。しいて言えば、数軒ずつの家屋がひとかたまりになり、そのあいだに路地が走っている。雑だが碁盤目状と言える。
 路地は細く、とても自動車は通らない。たぶん、そういう乗り物がないから必要ないのだろう。

 ただ、村の奥は森になっていて、その中心に、ぽっかりと穴があいているようだ。よくは見えないが、かなりの範囲なので、大きな広場か何かがあるのだろう。

 ペンキのようなものがまったく使われていないらしく、家々の色は風雨に色あせた木材の色そのままだ。それが景色を暗く濁らせている一因でもある。

 龍郎が立っている岩壁は天然のものだが、入り江側と村への側と、両方に階段が造ってあった。
 龍郎は村のふかん図を記憶すると、階段をくだった。

 やがて、村に降りたつ。
 上から見たときより、さらに狭苦しい印象だ。ならびたつ家と家の間隔はほとんどなく、横向きになっても人間が入りこむことはできない。
 通りの幅は一メートル五十センチくらいだ。
 もしも誰かに姿を見られたら、隠れる場所がない。

 それにしても、なんて静かな村なのだろうか?
 およそ、この規模の集落で朝の六時すぎに、なんの物音もしないなんて異常だ。それに通りに誰の姿もない。
 やはり、彼らが人ではないからだろうか? 人間とは習慣が違うのかもしれない。

(そういえば、春海くんたちは真夜中に海を渡ってた。もしかしたら、人魚は夜行性なのかもしれない)

 彼らは今現在、家屋のなかで眠っているのだろう。だからこその、この静寂か。
 だとしたら、これは好機だ。
 今のうちに青蘭を見つけだしてしまおう。

 とりあえず、龍郎は一番近い民家のなかをのぞいてみた。なかをうかがうことは難しくない。家の壁が木の板なので、ところどころに節目の穴があいている。
 外の光が家のなかまで届かない。
 薄闇が凝っていて、よく見えない。
 しかし、黒いかたまりがよこたわっているのは見えた。この家の住人だろうか?

 龍郎は昨日の重松たちの村のようすを思いだした。
 あのときも、まるで無人のように閑散としていた。村人の多くは人魚と化して、空き家になっていたのだろう。
 ということは、逆にこの島には集まってきた村人や、もともとの人魚たちなどが大勢で暮らしているはずだ。

(春海くんたちは、なんでこの島に来たのかな? 人魚の本能で、ここに集まってくるんだろうか?)

 とにかく、この家のなかには青蘭はいない。シルエットだけでも違うことがわかる。このなかにいるのは、青蘭とは似ても似つかないような何かだ。
 おそらく、この建物の一軒一軒に、少なくとも数人の住人が住みついている。全体では三百か、それ以上の人魚がいることになる。

(人魚に見つかったら、やっぱり殺されるのかな? だいたい、ヤツらはなんのために青蘭をさらったんだ?)

 人魚化した人間が島に集まるのも、人魚たちが外界から身を隠して生きているのも、理由はわかる。
 単純に彼らが化け物だからだ。あの姿を人に見られれば迫害される。
 だから、ここへ集まり、身をよせあっている。それは、わかる。

 だが、青蘭のさらわれた理由はわからない。

 まさか、食料だろうか?
 今さら気づいたが、この村には畑や田んぼが見あたらない。食料の多くを海から得ているにしても、人魚は米や野菜は食わないということだろうか?
 いや、義姉はふつうに米の飯を食べていた。人魚は雑食性なのかもしれない。人間と同じ食性ということか。

(肉……は、食わないよな?)

 だが、繭子は兄を食った。
 あまり考えたくなかったが、つまり、ヤツらは肉を食いたくなると、海を渡ってきて人間をさらっていくということなのだろう。

 青蘭はそのための……食物?

 にわかに、ゾッとした。
 なんとしても、青蘭が食肉として味わわれてしまう前に見つけて、とりもどさなければ。

 龍郎は思いあたった。
 青蘭はさらわれたとき、スマートフォンを持っていたはずだ。青蘭のは完全防水である。つれさられたときに多少ぬれたとしても機能には問題ないはず。
 ポケットからスマホを出してみた。
 しかし、圏外になっていた。
 さっき入り江でメモを書くときには、ギリギリだが電波が通っていた。島の内部に近づくと圏外になってしまうらしい。

(まあ、ここまで電波が通ってることじたいが奇跡だもんな。島のなかには中継基地なんてないだろうし)

 つまり、重松に連絡するにも、いったん入り江まで帰らなければならないということだ。

(困ったな。島の奥地で危険にあっても、すぐに呼びよせることができないってことか。入り江に帰ってから連絡しても、重松さんが来るまで三十分は待たないといけない。そのあいだに何かあったら……)

 もしもというときに三十分のロスタイムは痛い。が、今から悩んでもしかたないことだ。

 龍郎は、さらに奥へと進んでいった。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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