家守 その七(挿絵)

文字数 2,271文字




 その廃園は、かつて地元の人に愛された行楽地だったのだろう。
 今では放置され、園内の舗装されていない場所は雑草だらけ。敷石のあいだからも草が好きほうだいに伸びている。
 乗り物や建物は、まだ原形をとどめているが、動かすことはできないだろう。送電されているふうがない。電柱が倒れ、電線も切れて散乱していた。
 ガラス窓の一部は割れていて、建物の壁にはペンキで落書きがされている。

 清美が感慨深い声を出す。
「うわぁ。見事なまでの廃墟ですね。前はよくここに来て、遊んだんですけどねぇ」
「ふうん。こんな廃墟でね」
「そのころは廃墟じゃなかったんですよー! 当然じゃないですか。ヤダなぁ」

 門には鉄柵があり、鎖で封鎖されている。が、柵はそんなに高いわけではないので、ちょっと運動神経がよければ侵入はたやすい。
 龍郎と青蘭が軽々、鉄柵を越えると、檻のなかの熊のような悲しげな目で、清美が柵越しに見返してきた。

「あのぉ……わたし、どうしましょう?」
「……愚民。どんくさすぎない?」
「ふつうだと思います」
「そこで待ってれば?」
「ええっ! 男の子のイチャイチャが見れないんですよ? そんなのイヤですよー!」

 青蘭と清美が言い争うのを聞きながら、龍郎はため息をついて、まわりを見まわした。都合よく、ゲートのすみに木箱が重なっていた。まるで、誰かが用意してくれたようだ。

「清美さん。これに乗って」
 龍郎は鉄柵の向こう側とこっち側に、一つずつ木箱を置く。
 清美はそれでも龍郎の支えを要したが、なんとか園内に侵入することができた。

「わあっ。いい感じに廃墟ですねぇ。ちょっと怖くてキレイ。このメリーゴーランド、子どものころ、妹と二人で乗ったんですよ」
 園内をあちこち歩きながら、清美は思い出話に余念がない。
「ねえ、乗ってみませんか? 青蘭さんと龍郎さん。そっちの馬車に乗って。写真、撮りますよ?」

 龍郎たちは言われるままに色あせた馬車に乗り、何事か起こることを期待して待つ。が、変わったことはとくにない。
 龍郎たちを試すと言っていた清文たちの言葉は、なんだったのだろうか?
 あるいは、遊園地に追いはらったのは時間かせぎで、家に帰ったときに何かが待ちかまえているのかもしれない。

 ただひたすらに清美がハイテンションで写真をパカスカ撮り続け、日が傾いていく。

「ああ、もうすぐ夕方ですね。思いだすなぁ。この時間帯だったなぁ。わたし、前にここで遊んでいたとき、迷子になったことがあるんですよねぇ。あのころは、この遊園地も人気の遊び場だったので、けっこう乗り物も行列ができてて、人がいっぱいで。わたしはソフトクリームが食べたくなったんだけど、和美はどうしてもジェットコースターに乗るんだって言って。それで、家族は行列を離れたくないから、わたしだけお金をもらって、みんなと離れたんです。ソフトクリームを食べて、手を洗ってから、もとの場所に帰ったら、家族が誰もいなかったんですよね。たぶん、ちょうど乗り物に乗ってたんだと思うけど。それで、わたし、必死になって、あちこち駆けまわって、家族を探したんです。あたりはどんどん暗くなるし、すごく心細くて、もう涙が出そうで……そしたら、遊びにきてた大学生のカップルが気づいて、迷子センターにつれていってくれました。放送がかかって、親がすぐに迎えに来てくれたんですけどね……」

 清美の口調が暗い。
 カラカラと木枯らしが落ち葉をまきこむ音が伴奏になって、やけに物悲しく聞こえる。

 龍郎はたずねてみた。
「迎えにきてくれたけど? なんかあったの?」

 清美は物思いからさめたように、ハッと我に返り微笑する。
「あ、いえ。迷子になって不安だったから、ちょっと気持ちが高ぶっていたんだと思います。普通の精神状態じゃなかったんでしょうね。父と母が来てくれて、手をつないだとき、思ったんですよね。なんでそんなふうに感じたのか、ほんとに不思議なんだけど……」

 イライラしたようすで、青蘭がせかす。
「それで、なんて思ったんだ? さっさと言えよ」
「ああッ。すいませんです! たいしたことじゃないんですよ。なんかね。『あれッ? お父さんとお母さんじゃない!』って。でも、顔はどう見ても父と母なんですよ。なのに、わたしはその人たちが別人に思えて、怖くて、さみしくてしかたないんですよね」

 龍郎は、ふと思った。
 それは昨日、清文たちが話していた内容と関係あるのではないかと。
 じつは清美が死んでいると言っていた、あの話……。

「……それ、そのときだけだった?」
 龍郎が質問すると、清美は神妙な顔で首をふる。
「最近はもう、子どものころの妄想のせいだなって思ってるんですが、当時はずっと、そう感じていました。なんでかわからないけど、わたしの家族はあのとき、この遊園地のなかでいなくなってしまったんだって。妹が消えてしまったのも、あのときからだし」

 青蘭が言った。
「清美。そのとき、死んだんじゃないの?」
「えっ?」

 清美も驚いているが、龍郎だって驚いた。
「青蘭、なんで、それを?」
「となりの部屋だ。僕だって聞こえたよ。君の両親は『清美がすでに死んでることを知られてしまうところだった』と言った。清美。ほんとはもう、君、死人なんじゃない?」

 両手で頰をつつみ、ムンクの“叫び”のポーズで、清美は叫ぶ。
「ええッ?」
「だから記憶もあいまいだし、家族は君の墓に近寄らせまいとしている。君が死者の霊だと知っているから」
「えーっと……」

 そのとき、山ぎわに日が落ちた。
 暗闇とともに、悪魔が目をさます。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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