七つの世界 その三

文字数 2,122文字



 暗闇に血しぶきが舞った。
 透子の首筋から噴きだすようにあふれる。

(殺された! 殺人だ!)

 大変なところを目撃してしまった。
 どうしたらいいんだろう。やはり、警察を呼ぶべきか。しかし、家の人たちが死んだり生き返ったりする、こんな異常な状態で、警察を呼んでも解決はしない気がする。

 そんなことを考えているあいだに、勝久は透子の死体の両手を持って、ズルズルとひきずっていった。

 なんてことだ。この家には殺人鬼がひそんでいたのか。だから、冬真の態度がおかしかったのか。ここは冬真と相談してみるほうがいい。

 龍郎は一階におりていき、冬真の部屋まで走っていった。龍郎たちの客間と、ちょうど中庭を挟んで向きあうくらいの位置だった。近くまで行くと、見おぼえのある場所に出た。

「冬真。起きてるか? 冬真」

 これだけ大きな家だ。多少の物音なら二階までは聞こえない。龍郎はドアをノックしながら冬真を呼んだ。

 だが、冬真が部屋から出てくるようすはない。すでに寝てしまったのか。いや、というより、また停電のときのように仮死状態になっているのかもしれない。もしそうなら、朝まで起きてこない可能性が高い。

 龍郎はしかたなく、今すぐ話しあうことをあきらめた。朝まで待つしかない。

 屋敷のなかは静まりかえっている。
 勝久の蛮行が終わったのだろうか?
 それとも、透子の死体を処理するために工作しているのか?

(青蘭、大丈夫かな?)

 心配だが、瑠璃の寝室がどこにあるのかわからない。こんなことなら、冬真に聞いておけばよかった。

 屋敷中をうろつくわけにもいかないので、龍郎はともかく客間へ帰った。いちおう清美のことも案じたが、あいかわらずヨダレをたらしたまま、この上なく幸せそうだった。

 ため息をつきながら、ソファーに上がる。急速に睡魔に襲われた。目をあけていられなくなり、眠りに落ちた。

 翌朝。
 龍郎はふつうに目ざめた。
 現実世界のことが気になって、魔界へ行くことがためらわれたせいか、夜の眠りのなかで、あの場所へ行くこともなかった。

 図々しい気もしたが、昨夜のことがあるので、早めに食堂へ行った。この家の人々のようすを観察したかった。とくに、勝久のようすを。

 ところがだ。
 朝一番で食堂に現れたのは、ほかの誰でもない。透子だ。
 龍郎はあぜんとして、食事をならべる一家の女主人を見つめた。

 あんなにたくさんの血が流れたのに、あたりまえの人間なら生きているはずがない。それとも、この家の人たちは、あたりまえじゃないのだろうか?
 あるいは、この家の人たちが仮死状態になることと関係があるのか……。

「氏家さん」
「はい?」

 話しかけると、透子はにこやかに応えてくる。この人は、ほんとに何も自分たちの異変に気づいていないのか?

「あの、昨夜なんですが」
「はい。なんでしょう?」

 五分ぐらい凝視したが、透子の表情は変わらない。冬真の言ったとおり、冬真の家族は何も知らないようだ。

 それにしても、昨夜のあれは、ただの仮死状態ではなかった。目の前で夫に殺害されていたのだが。

(なんだか、わけわかんないなぁ……)

 弱音を吐きたい気分だが、そうも言っていられない。大切な青蘭の命がかかっているのだから。

「いえ。昨日は冬真くんに勧められて、泊まらせてもらいました。子どものころのことが懐かしくて」
「あら、そう? 冬真、このごろ沈んでることが多いから、仲よくしてやってくださいね」
「はい」

 会話が終わるのを待っていたかのように、勝久が食堂へやってくる。
「おはよう。透子。今日もきれいだね」
「あら、あなた。およしなさいよ。お客様の前ですよ」
「まあいいじゃないか」

 イチャイチャするので、へきえきしてしまった。

 そのあと、朝食をごちそうになり、龍郎は清美といっしょに、いったん自宅へ帰った。長期間の滞在となると着替えがいる。

 自宅に帰ったとたん、フレデリック神父が門前に立っていた。

「どこに行っていたんだ? 何度も電話したんだがな」
「すいません。ちょっと」
「ちょっとじゃないだろ? ぬけがけしたんだな?」
「まあ、そうです」

 神父は嘆息する。
「それで、何かわかったか?」
「わかったというより謎が深まりました」
「話してくれ」
「あなたたちのことは信用してないんですが」
「言ったろう? 組織はともかく、私は君たちの味方だと。青蘭にもしものことがあれば、星流に申しわけが立たない」

 龍郎はこの機会に、気になっていたことを聞いてみることにした。
 以前、診療所のある島で、神父に化けた悪魔が言っていた。私は青蘭に惹かれていると。もちろん、あれは悪魔の本心だったんだろうが、神父自身の心を投影しているわけではないと確証がほしかった。

「フレデリックさん。あなたと星流さんがバディだったことは知ってます。でも、それだけのことで、息子の青蘭にそこまで肩入れするのは、なぜですか?」

 すると、予想とは違うこたえが返ってきた。

「星流は私の恋人だった」
「えッ?」
「少なくとも私はそう思っていたが、星流とは認識がズレていたのかもしれないな。あっけなく、私をすてて、青蘭のお母さんと結婚したんだから」

 意外な言葉に、龍郎は言葉を失ってしまった。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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