空家の怪 その二

文字数 2,070文字



 見れば見るほど、美しい日本家屋だ。
 飴色に輝く廊下や縁側。檜の柱。太くてまっすぐな梁。畳は少し日に焼けていたが、どこか懐かしいような香りがする。家具も昔のままのものが残っていた。部屋数も充分だ。

 得意げに三宮が言う。
「じつはこの家、売りに出てるんですよ。持ちぬしさんが遠くにいて、もう住まないからって。二百万。格安でしょ? 敷地もこれだけあって二百万。リフォームする必要もないくらい状態もいいしね。月々三万のローン組んでも、六年ほどで完済できるんですよ?」

 広い屋敷だから維持費はかかりそうだが、格安なのは事実だ。むしろ、異様に安すぎる。
 それに、家に入ると、さっきから感じる気配が強くなった。これは、いつものアレではないだろうか?

(悪魔……か? 困ったな。青蘭がいないのに)

 龍郎はこの家を購入することには、むろんのこと反対だった。しかし、清美はすっかり乗り気である。

「決めました! ここにします!」
「じゃあ、すぐ会社に戻って契約しましょう!」
「そうしましょう!」

 三宮と抱きあいそうな勢いで即決だ。
 龍郎は口をはさんだ。

「ちょっと待ってよ。清美さん。たしかに格安だけど、二百万は庶民にとって決して安い買い物じゃないよ」
「うん。まあ、そうですね。でも……」

 今度は、三宮に声をかける。
「三宮さん。契約する前に、一晩、ここで泊めてもらうわけにはいきませんか? それでよければ決めます」

 とたんに、三宮は渋い顔をした。
「ええ……でも、ガスや電気や水道が止まってますのでね。泊まると言われても……」
「もう真冬ってほどじゃないから、凍え死ぬほど寒くはないし、一晩くらい風呂に入らなくてもかまいません。飲み水はペットボトル持ちこむから。電気は懐中電灯や災害時用のランプでも持ってきます」
「そうは言われても会社の決まりがねぇ」
「じゃあ、いいですよ。よその不動産屋で、もっといい物件がないか探すから」

 すると、とたんに三宮はあわてた。
「いやいや、わかりました! 特別に一晩だけ、いいことにします」
「じゃあ、ここの鍵、預かってもいいですか? 荷物を持って出なおしてくるので」
「わっかりました! でも、そのかわり、火は厳禁ですよ? 家のなかを汚したり壊したりしたら弁償してもらいますからね?」
「いいですよ」

 というわけで、今夜はそこに泊まることになった。三宮とはその場で別れて、龍郎と清美はアパートへいったん帰る。

「ただいま」と言って玄関をあけたとき、なぜか青蘭はあわてて、龍郎の布団のなかにもぐった。ベッドの上だけがダンボールを遠ざける聖地として、まだ生きのびていたからだというのはわかる。しかし、ようすがおかしい。

「青蘭。どうしたの? なんかあったのか?」
「別に……」

 布団のなかから、モゾモゾと返事がある。

「青蘭。ぐあい悪いのかな? おれ、今日、清美さんと空き家に泊まる事になったけど、青蘭、留守番してるか?」

 青蘭はピョコンと、目元だけ布団から出してきた。

「二人で? なんで?」
「なんか変な気配があるんだよ。あの空き家。それに不動産屋の態度も怪しい。事故物件なんじゃないかなぁ? 悪魔がいる気がする」
「悪魔退治か……」

 青蘭は起きあがり、布団の上にひざ立ちになると、いきなり、龍郎に抱きついてきた。

「わッ。何? 青蘭?」
「じっとして」

 そう言って、青蘭は龍郎の首すじに顔をうずめると、くんくんと匂いをかぎだした。
 龍郎は気が気じゃない。
 好きな人に匂いチェックされるというのは、なかなか緊張するものだ。

(おれ、今日、汗かいてないよな? 大丈夫だよな?)

 ドキドキしていると、しばらくして、青蘭は満足そうに離れていった。

「な、なんだったのかな?」
「中級の悪魔です。たぶん、怒りの悪魔かな。あなただけでも倒せますよ」
「えッ? それって、おれたちだけで行けってこと?」
「僕、真っ暗な空き家でなんて寝れない……」
「うん。そうだよな。わかった。じゃあ、行ってくる。一人でさみしくない?」
「我慢する」

 青蘭は妙に甘ったるい瞳で、下から龍郎をのぞきこんでくる。と思うと、やわらかな唇が吸いついてきた。口唇をはさまれると、もう夢見心地になる。
 キャンディーより甘い感触をたっぷり堪能したあと、青蘭はささやいた。

「清美と浮気しちゃ、イヤだよ?」
「しないよ。おまえがいるのに」

 ふと視線を感じて、龍郎は我に返った。顔をあげると、清美がスマートフォンのカメラをこっちに向けて、どうやら動画を撮影しているようだ。

「清美さん! なに撮ってるんだ!」
「ゴチになります! ありがとう。ありがとう。ありがとうっ」

 清美はスマホをにぎりしめて外へとびだしていった。たぶん、とりあげられると思ったのだろう。

「まったくもう……」

 同居人の個性が強すぎる。
 しかし、疲弊した気分も、青蘭の笑顔を見れば一瞬で霧散した。

「行ってらっしゃい。龍郎さん。がんばってね」
「うん。行ってくるよ」

 ニヤけながら手をふった。
 油断した罰だったのだろうか?

 空き家の一夜は、なかなかハードなものとなった。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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