座敷牢の少女 その二

文字数 2,500文字



 男同士だから友達だと思われたのだろう。それとも青蘭を女だと勘違いして、アベックだと間違われたのだろうか。
 くっつきそうなほど近く敷かれた布団のなかで、おたがい背中をむけあっている。

 近いようで遠い。
 超えられない、この境界。

 これからずっと、この距離に苦しみながら眠れない夜をすごすのは、あまりにも不健全だ。
 龍郎は布団のなかで半身を起こした。
 青蘭もまだ眠っていないのは、息遣いからわかる。

「青蘭。はっきり言うけど、おれはおまえをあきらめるつもりはないから!」

 青蘭は布団のなかで体を丸めた。そっとまばたきするのが、豆電球の暗い光のなかでも見てとれる。
 このまま聞こえないふりをして無視するつもりのようだ。
 しかし、龍郎はくじけない。昔からメンタルは強いほうだ。

「なんで『好き』って言ったら『嘘つき』になるんだ? そのわけを教えてくれよ。なんで、おれの言葉が信じられないの?」

 ことによると、また青蘭が泣きだすのではないかと思った。でも、わけを知らないと、ここから一歩も進めない。青蘭が傷ついているのなら、その理由を知って、つらい記憶を克服する手助けをしたい。

「青蘭。怒らないから、正直に聞かせてほしい」

 すると、しかたないと思ったのか、青蘭も起きあがってきた。

「龍郎さん。僕は……子どものころから、ずっと穢されてきた。ほんとの僕を知ったら、あなただって嫌いになるよ。きっと……」
「おれは嫌いにならないよ。どんなおまえでも、変わらずに愛し続ける」

 手を伸ばし、布団をつかむ青蘭の手をにぎる。青蘭がビクッとふるえる。でも、嫌がらない。
 ほのかに鼓動が伝わるのは、おたがいのなかにある玉のせいだろう。共鳴している。

 龍郎はその手をにぎりしめた。もう片方の手で青蘭の肩を抱きよせ、ゆっくりと唇をふれあわせ……ふれ……。

「あのぉ。すいません」

 ふれあわせられなかった!
 とつぜん、女の声がした。さては、座敷わらしか?

(う、嘘だろ? なんで今? 今ものすごく、いいふんいきだったよな? いくら座敷わらしだって、空気読んでくれよ!)

 叫びだしたい気分で頭をかかえる。
 青蘭は気分が乗ってしまったのか、声を無視して龍郎に抱きついてきた。なんだか、いろいろ、いやらしいことをしてくるので困ってしまう。

「ちょ、ちょっと、青蘭……ダメだって。嬉しいけど。座敷わらしが出、出、出てきたぞ?」
「もういいよ。だって気持ちいいんだもん。ねえ、ここ、さわってみて。こっちも。ああん……なに、これ? たまんない……」

 声だけ聞けば、すっかり一体化している態だが、単に青蘭の下腹部を右手でなでまわしているだけだ。エロというより、お腹をこわした子どもを気遣う父親の仕草だ。
 しかし、青蘭はウットリしている。
 龍郎も理性が消えてしまいそうに心地よい。

 と、また、あの声がした。
「すみません。あの、もうお休みですか? お話させてもらっていいですか?」

 龍郎は気づいた。
 その声は部屋の外——廊下から聞こえている。そういえば向かいの部屋に若い女の人が宿泊していた。おそらく、その人だ。

「せ、青蘭、残念だけど……すっごく残念だけど、今夜はやめとこ?」
「ええ? なんで? 龍郎さんのイジワル!」

 ぐずる青蘭をむりやり引き離すのは、半身が引き裂かれそうなほど無念だった。ほんとに惜しい機会をなくした。これが最初で最後のチャンスだったかもしれないのに。

 とは言え、女性が急病などで救助を要していたら大変だ。龍郎は泣く泣く、事足りるをあきらめた。
 ぬぎかけのガウンをひきずるようにして、まといつく青蘭を背負ったまま、襖の前まで膝立ちで移動していく。
 襖には最新式の和室用ドアロックがとりつけられている。ロックを外して開けると、思ったとおり、先刻すれちがった女が立っていた。龍郎と青蘭のようすを見て、顔をひきつらせて数歩あとずさる。

「ご、ごめんなさい……おジャマだったみたい」
「えーと……」
「ジャマだよ。ジャマ。これからいいことするとこだったのに!」

 女性はためらったようだが、それでも、あとには引かなかった。意外にしぶとい。正直、龍郎でさえ、今は遠慮してくれたらなぁと思うのだが。

「あなたたち、座敷わらしに興味ないみたいね! よければ、わたしと部屋を交換してくれない? 向こうにも予備の布団あるし、好きなだけ、あれこれしてください」

 いいよと青蘭が言うのかと思えば、女が座敷牢の前にかけより「ああッ、やっぱりある!」と叫ぶのを聞いて、急速に冷静な目に戻る。

「……おい、おまえ。ただの客じゃないな? この部屋になんの用だ?」
 いつもの青蘭だ。おい、愚民と言わなかっただけマシなほうである。

 女はあらためて龍郎たちのほうに向きなおり、ぺこりと頭をさげる。
「わたし、遊佐(ゆさ)清美(きよみ)と言います。古くさい名前で、すいません。うち、旧家の親戚筋なので、キラキラネームつけてもらえなかったんですよ」

 なかなかマイペースな女性だ。
 青蘭はイラついている。
 まあ、お楽しみの邪魔をされた上、キラキラネームになりそこなった話をされれば、たいていの人は気分を害する。たとえ、青蘭でなくてもだ。

「あっ、すいません。この家、昔はもっと羽振りがよかったんですよね。昔は庄屋で。おじいさんの前の代に急速に傾いたらしいんです。それで最後の持ちぬしだった伯母が死ぬときには、もうお屋敷のほうはつぶれて、この家しか残ってなかったんですよね。もともとは、ここも離れの一つで、昔は庭に蔵なんかもあったんですよ?」

 清美の言っている意味が最初よくわからなかったが、聞くうちに、だんだん事情が飲みこめてくる。

「つまり、あなたの伯母さんが、この古民家のもとの持ちぬしだったんですね?」
「そうです。そうです。すいません。わたし、テンパると自分でも何を言ってるかわからなくなって」
「じゃあ、なんで客として泊まりに来たんですか?」
「じつは伯母が先月、亡くなったんです。そのあとから、わたし、変な夢を見るようになったんですよね」

 どうやら長い話になりそうだ。
 龍郎はため息をついて、布団の上にすわりなおした。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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