魔女のみる夢 その二十二(挿絵)

文字数 1,524文字




「青蘭ッ!」

 その部屋に龍郎がかけこんだとき、青蘭は体の自由がきかず、意識も明瞭でないようだった。
 だが、龍郎の声を聞きわけ、かすかに自分をつれさろうとする男に抗うそぶりを見せた。

 ようやく、青蘭の匂いを追って、この場所をつきとめた。部屋のぬしの総支配人は床に血みどろになってころがっている。

「やっぱり、おまえが魔王だったんだな! 鏑木。さっき現れたときに負っていたケガは、おれがおまえをなぐったときの傷だ」

 青蘭と抱きあっている鏑木を見て、龍郎は嫉妬から彼の頰をなぐった。悪魔に苦痛をあたえる玉の力の宿る右手で。だから、花凛のいた部屋に現れたとき、魔王は頰に火傷を負っていた。

 そして今、鏑木のその傷は、さらに広がっている。顔面のほとんどが焼けたゴムのようになって、ダラリと床までたれさがっていた。まとっている制服で、かろうじて鏑木だとわかる。

「青蘭をどうする気だ? 青蘭を放せ!」
「忌々しいエクソシストめ……私をこれほど痛めつけたのは、この一千万年でおまえが初めてだ。褒めてやろう。しかし、青蘭はもらっていく。魔女を殺せば、私を縛る契約はなくなり、魔界へ帰れるからな」
「そんなことさせるか! 青蘭、しっかりしろ!」
「おまえは彼に嫌われているのだろう? 寝てもらえないくせに。見苦しいぞ」

 悪魔はどうやってか、龍郎の心を読んだ。今もっとも言われたくないことを、的確についてくる。

「……たとえ、そうだとしても、青蘭のことは、おれが守る」
「小賢しい。影のときのようには行かぬぞ!」

 口では言うが、魔王は傷ついたことで、かなり体力を消耗しているようだ。青蘭をかかえたまま、部屋から逃げだそうとする。あまり戦う力が残っていないのかもしれない。
 しかし、逃げ足は速い。
 危うく龍郎のわきをすりぬけ、ドアをくぐろうとする。龍郎はとっさに、青蘭の腕をつかんだ。

「青蘭!」
「たつろ……さ……」
 ぼんやりした目つきで龍郎をながめる。
「もうい……ほっといて……」

 魔王が哄笑した。
「どうだ? 聞いたか? 姫君はおまえの助けなど欲しくないそうだ。青蘭。おまえも忘れられないのだね? あの甘美なときを。行こう。愛しい青蘭。地獄で愛しあおう」

 魔王のとけくずれた顔が、青蘭の美しいおもてに近づく。そろそろと長い舌が伸びて、青蘭の唇をなめた。
 青蘭の口から甘いうめきがもれる。
 悪魔に快楽をあたえるあの玉が、ほのかに輝く。

 龍郎は必死に、青蘭に呼びかけた。
「青蘭! 嫌なんだろ? ほんとは地獄なんて行きたくないんだろ? だったら、抵抗しろよ。おれが助けるから。おまえも戦え!」

 青蘭の瞳から涙が盛りあがる。
 泣きながら、青蘭は今ではない時をながめているようだった。
「あなたは……嘘つき……」
「嘘じゃない! もう言わないって言ったけど、前言撤回だ。何度でも言うよ。おまえが好きだ! 愛してるよ」

 ゆっくりと、青蘭の視線が龍郎の上になげかけられる。
 それは捨てられた幼子の目だった。
「だから、嫌い……あなたは、僕の心をかきまわす。僕のなかに、入って……くる」
「青蘭……」

 それは、青蘭も龍郎のことが気になっているということではないのか?

 それだけ聞けば充分だ。
 龍郎のなかに力が湧きあがってくる。
 つながれた二人の手から光が発した。青蘭の玉と、龍郎の玉が共鳴する。
 魔王は細い悲鳴をあげて砕け散った。キラキラときらめく光の粒子となって、青蘭の口に吸われる。

「龍郎さん……」
 青蘭が龍郎の腕のなかへ崩れおちてくる。優しく抱きとめると、青蘭は微笑んだ。
「あなたほどヒドイ嘘つきは、初めて」
「だから、嘘じゃないよ」

 今はそれでも良しとしよう。
 青蘭を抱きしめながら、龍郎はそう思った。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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