魔女のみる夢 その六(挿絵)

文字数 2,783文字

 橘笑波と話したい——そう思ったものの、昼休みが終わってしまった。
 そのあと、生徒たちは午後の授業があり教室へ帰っていった。
 龍郎はしかたなく、校舎のなかをぶらぶらする。
 校長先生の許可を得て、行方不明になったことのある生徒の名簿をもらおうかとも考えた。青蘭の名前を出せば、「じつは生徒たちの消失事件について調べにきたのです」と言っても協力してくれそうな気がする。

(えーと。校長室は、こっちだったかな?)

 迷いながら廊下を歩いていく。
 どこからか女の子たちの透きとおる歌声が聞こえてくる。ふだんはアレだが、歌声は天使のようだ。女子校の醍醐味(だいごみ)を満喫した。

 廊下のかどをまがろうとしたときだ。
 行く手に人影が見える。
 スーツを着た男が一人の生徒と話している。いや、話しているというか……あれは、もしや、ラブシーンだろうか? いやにベタベタして、距離が近い。



 じっと見ていると、生徒の顔をのぞきこんでいた男が、すうっと頭をさげていき、口と口が接触した。
 未成年者に対する淫行ではないかと、龍郎はあわてた。が、とりあえず心を落ちつけてみる。

(そうだ。たしか、生徒の保護者や身内は教員がついていれば、学園内の視察ができたはずだ。もしかしたら、あの生徒の婚約者かもしれない!)

 きっとそうだろうと納得しかけていると、二人は離れた。
 龍郎が近づいていくと、男は教員の身分証を首からさげていた。フルネームは神崎(かんざき)真人(まひと)と記されている。
 生徒のほうは、坂本(さかもと)久遠(くおん)と書かれた学生証をさげている。三年生のようだ。
 信じられないが、教師が生徒に手を出す現場を目撃してしまった。

 神崎はなかなかのイケメンだ。青蘭ほどではないが、ちょっと中性的な印象の細身の美形だ。
 龍郎を見て、さわやかに微笑んでみせる。生徒とキスしていた直後なのに、まったく動じたようすがない。正直、龍郎のほうがたじろいだ。

「は……初めまして」
「初めまして。新任の先生ですか?」
「はい。今日から一年A組の副担任になりました。本柳です。よろしくお願いします」
「僕は三年C組の担任の神崎です。よろしく」

 そう言って、神崎が手をさしだしてくる。さっきのはなんですかと聞きたいが、聞けない。ここは聞くべきだろうか?
 迷いながら手をとろうとしたときだ。神崎は急に顔をしかめて、さしだしていた手をおろした。どうかしたんだろうかと思っていると、久遠がふらりと倒れかけた。神崎がすかさず、久遠の手をつかむ。

「顔色が悪いね。大丈夫か?」
「すいません。ちょっと気分が……貧血かも」
「保健室に行こう」
 神崎は久遠と二人で歩きだす。

 淫行教師と保健室で二人きり……。
 なんだか、ほっとけない。
 龍郎も心配するふりをしてついていった。
 しかし、案ずることはなかった。保健室につくと、保健教諭が在室していた。若い女の先生だ。美人というよりは、ジプシーの娘みたいなふんいきの個性的な顔立ちをしている。
 美月(みづき)リーネという名前だ。自然体で素敵だなと龍郎は思った。

「坂本さん。どうしたの?」
「貧血みたいで……」
「ダイエットしてる?」
「えっと……ちょっと」
「過度なダイエットは禁物よ。ココアいれてあげるわ」

 話しているのを見て、龍郎は安心して保健室をあとにした。
 すると、あとから神崎がついてくる。
 二人きりになったので、龍郎は聞いてみた。
「さっき、坂本さんとキスしてませんでしたか?」
「まさか! コンタクトがズレたって言ってたから、見てあげてたんですよ」
「そんなふうには見えなかったけどな」

 神崎は「ハハハ」と笑い声をあげる。
「本柳さん。そんなに堅苦しいと、ここじゃ、うまくやっていけませんよ? あなただって一生、教員をやってるより、いい人生を送りたいでしょ?」
 ピアノを弾くような動きで手をふって、神崎は去っていった。
 どうやら逆玉狙いのようだ。たしかに顔はいいから、その気なら選びほうだいだろう。

 校長に報告すべきだろうか?
 しかし、龍郎が調べているのは生徒の行方不明事件だ。そこまで口出ししている余裕はない。

 ため息をついていると、背後で足音がした。ハッとしてふりかえる。
 男が立っていた。女子校だから、ここにいる男は基本的に教師だ。まるで生徒かと思うほど小柄だったが、たぶん教員なのだろう。遠目に身分証を首にかけておくための青いストラップが見えた。男はスマホを片手ににぎりしめ、逃げるように走っていく。

(スマホ? まさか、盗撮してたのかな?)

 なんだか教師たちのキャラが濃すぎる……。

 放置もできないので、龍郎は追ってみた。体力差のせいで、すぐに追いついた。相手は息を切らしているが、龍郎はこのままフルマラソンでもできる。

「今、盗撮してましたよね?」
「知らない!」
「いや、してましたよ。何、撮ってたんですか? 校長先生にバラしますよ?」

 すると、男はすぐに平伏した。権威に弱いタイプらしい。身分証には山根と書かれている。

「おれはただ……証拠を集めてただけだ」
「証拠?」
「そうだよ。神崎には気をつけろ」

 山根はすてゼリフを吐いて去っていった。どうやら、神崎先生の淫行をさぐっているようだ。

(まあ、あの先生には逆玉はムリだろうからな。ヤキモチ妬いてるのかな? とすると、教員どうしの足のひっぱりあいか)

 一見、平穏に見える女子校にも、いろいろあるのだ。
 龍郎は疲労を感じて、ホテルへと戻っていった。時刻は三時すぎだ。ちょっと休憩したい。

 ホテルにつながる渡り廊下まで来たとき、前を歩く二人の人物に気づいた。
 二人とも高そうなスーツを着た恰幅(かっぷく)のいい壮年の男だ。六十前後というところか。一人はひじょうに肥えており、もう一人はとても背が高い。ピンと耳がとがっている。うしろ姿だが日本人離れして見えた。

「では、よろしく頼むよ」
「はい。お任せくださいませ。話は順調に進んでおります」
「前々から男子校も作ってほしいという要望は高かったからな」
「さようですね。今のままでは女性しか……できないので」
「理事たちは懐柔できているんだろうね?」
「もちろんです」
 話しながら渡り廊下へと入っていった。

(なるほど。株主と学園の経営者ってところかな? 金持ちの女の子だけじゃなく、金持ちの男の子も通わせたいわけか。利潤は倍になるもんな)

 二人のあとを追うように渡り廊下を歩いていく。ホテル側の扉をあけ、ロビーに入ったときには、さっきの外人風の男は、エレベーターのなかへ消えていくところだった。

 まあ、男子校を増設する話題は行方不明には無関係だろう。

 龍郎もとなりのエレベーターに乗りこむ。最上階でおりたとき、薄暗い廊下の奥をよこぎっていく亡霊のような影を見た。ポニーテールをした少女の姿だ。聖マリアンヌの制服を着ていた。

(あれ……? 今の?)

 さっき神崎とキスしていた女の子だったような?
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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