裏見参り その二

文字数 2,067文字


 龍郎の叫び声を聞いたとたん、影はわらわらと散開した。キイキイ言いながら、蜘蛛の子を散らすように走りだす。よく見ると、小学生高学年くらいの女の子数人だ。小鬼じゃなかった。

「キャー。オバケだー!」
「やっぱり出たー!」

 と言いながら去っていくのを見て、龍郎はとつぜん、おかしくなった。
 きっとウワサを聞いて肝試しに来た近所の子どもたちだ。子ども相手に悲鳴をあげてしまった自分がなさけない。

(バカだなぁ。女の子の目が光って見えたなんて。ちょうど街灯の光を反射したんだな)

 灯籠は団地のフェンスとの境にあった。まわりをかこっていた木がそこにはないので、団地の敷地が丸見えだ。駐車場を照らす外灯が、ちょうど灯籠の周囲にピンポイントで、ぼんやりとした光をなげている。

「そうだよな。一年で今日だけ限定のジンクスなんだから、興味があれば子どもだって来るよな」

 笑いながら青蘭をふりかえった龍郎は、ギョッとした。外灯の光の作る陰影のせいか、青蘭の顔は妙に青白く見える。心なしか、ひきつっているような?

「どうかしたのか?」
「ここ、いる。それも、かなりタチが悪い」
「えッ?」
「僕の苦手なタイプかも」
「苦手って?」
「ちょっと、いったん、退()こう」

 くるっと背をむけて、青蘭が走りだす。しかたなく、龍郎は追いかけた。お稲荷さんや荒神さんの社のよこをすりぬけ、アスファルトの道に出るまで、青蘭は一度もふりむきもせず駆けとおした。

「待ってくれよ。そんなに急がなくても……」

 街路に出たところで、龍郎はハアハアと息を切らしながら声をかけた。青蘭も両手をひざにあててかがみながら、乱れた呼吸をととのえている。

 すると、そのときだ。キャアキャアと金切り声が響いた。さっきの小学生のようだ。

「えっ? まさか、またあの場所に行ったのか?」
「僕らとすれちがうことはできなかったはずですよ。団地側じゃないですか?」
「なるほど」
「団地って、駐車場までなら誰でも入れますよね?」

 言いながら、青蘭はぐんぐん歩いていく。止めても聞いてはくれなさそうだ。もしも住人にとがめられたら、友人に会いにきたことにしようと、龍郎は思った。

 フェンスの切れめから敷地に入る。
 さっきの神社の真うしろにあたるのは、団地の建物から言えば左手の横。駐車場を神社の雑木林がみごとに分断している。神社を移すか撤去することができたなら、絶対にしただろう位置だ。

 そこまで近づいていくと、女の子たちがフェンスの前で尻もちをついていた。

「君たち、どうしたの? 大丈夫?」と、龍郎は子どもたちに声をかけるのだが、青蘭はそこで足を止めた。

「青蘭?」
「なんてことを……この場所に、こんなものを作って」

 青蘭の視線を追うと、フェンスの横に焼却炉があった。神社の灯籠のすぐ裏だ。
 青蘭が強い口調で住人を責める。

「愚かな連中だな。神社は本来、聖域だ。聖域の真うしろでゴミを焼いてたのか。そんな不浄なことするから、やっかいなものが住みつくんだ」

 現在のM市では、ゴミの焼却は禁止されている。かなり古い団地だから、昔、使われていた焼却炉が、今は使われずに放置されているようだ。それにしても、神社のとなりで長年、家庭のゴミを焼いていたのは、あまりに不敬だ。

 龍郎はあらためて、女の子たちに声をかけようとした。「ほら、君たち、もう夜遅いよ。家に帰りなさい」と。
 しかし、口をひらきかけて、少女たちの見つめるさきにあるものに気づいた。

 石灯籠だ。
 お稲荷さんの裏にある灯籠は、団地側からなら、ちょうど裏が見える。見れば、石灯籠の火袋にあいた窓に、まるでスポットライトのような光があたっている。よくある石灯籠の窓は小さく四角いが、その灯籠は丸くて、けっこう大きい。顔ハメ写真の切り抜きのようだ。

 その灯籠の穴から、人の顔がのぞいている。女……いや、少女だ。まわりでうろたえている女の子たちと同い年くらいの小学生だ。

 龍郎は、また笑いそうになった。
 きっと、女の子たちのうちの誰かが、まだ神社に隠れていたのだ。みんなが団地に戻ったタイミングで顔を出して、怖がらせようとしたのだろう。

 このジンクスが人の口にのぼった最初のきっかけもわかった気がした。
 神社の裏に団地が建って、灯籠の裏にまわることが容易になったため、たまたま、神社にお参りする人を駐車場から見かけた人が、幽霊を見たと騒ぎたてたのだ。

 しかし、そのわりには、女の子たちの怖がりかたが並じゃない。

「みんな、どうしたんだ? よく見てみなよ。みんなの友達だろ?」

 龍郎が笑いかけると、小学生たちは声をはりあげて泣きだした。

「ち……違うもん。美凛花(みりか)は、し——死んだんだもん!」
「えッ? 死んだ?」

 少女の一人が灯籠に指をつきつけて叫ぶ。

「美凛花、団地から飛びおりたんだよー! なんで今さら出てくんのッ? マジキモいよ!」

 わあわあと女の子たちがわめく。

 すると、灯籠の穴から覗いた女の子が、ニヤぁっと口唇をつりあげた。歯が全部、折れている。ダラぁッと血が真っ黒な口中からあふれだしてきた。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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