幕間 魔女の見る夢 その三

文字数 2,960文字

 *

「魔女の魔法って、本物なんだね」

 全校集会の黙とうのあと、香里奈がつぶやいた。
 香里奈の声には、ある決意のひびきがある。

 イヤな予感はしていた。

 その夜も、月が明るかった。
 もうじき満月だから。
 満月には、魔女の力が、もっとも高まるという。
 急がなければならない。

 リーネは忙しい。
 このところ、毎夜みたいに部屋をぬけだしていた。
 学校のまわりを何度も何度も往復して、クタクタになる。

 香里奈が寮を出てくるところをつかまえたかったが、見すごしてしまったようだ。

 数日後、香里奈は雪村美輪のように、神崎先生とつきあいだした。もちろん、教師と生徒だから、かくしてはいるが、交際しているんだろうと、誰もが悟るくらいには親密だった。

 リーネは思いきって、たずねてみた。
「香里奈。魔女に魔法をかけてもらったの?」

 香里奈は笑っている。
「なんのこと?」
「わたし、見たのよ。雪村さんが死ぬ前の夜、香里奈が山小屋で魔女と話してるとこ」

 すると、香里奈の顔色が変わった。
「見たの? わたしのジャマしに追ってきたの?」
「そうじゃないけど、心配だったから」
「ウソ! あんたは陽菜の味方だもんね。ジャマするつもりだったんでしょ。でも、残念。もう遅いから」
「やっぱり、魔女にたのんだのね。そんなことしたら、香里奈も——」
「ほっといて!」
 香里奈は聞く耳もたない。

 そもそも、もう魔女との契約は成立してしまってるようだ。今さら問いつめても、どうすることもできない。

 香里奈は幸福の絶頂だったろう。
 ほんの一週間だけ。

 そのあと、やっぱり、香里奈も死んだ。
 死体の一部が失われていた。
 あの長いステキな足が……。


 *

 そのころには、学園の少女たちは、少し、おかしくなっていたんだと思う。集団ヒステリーのような。

 次は誰が神崎先生とつきあうのか。
 神崎先生を射止めることができるなら、どんなものでも魔女に捧げる——
 それだけが、すべての少女の頭を占領してしまったかのようだった。
 何人も死んだ。

「わたし、今夜、魔女のところへ行ってみようかな……」

 陽菜がつぶやいたときには、ほんとに、おどろいた。

「なに言ってるの? 陽菜。そんなことしたら、香里奈たちみたいに死んじゃうよ?」
「うん。わかってる」
「じゃあ、なんで?」
「リーネにはない? この夢が叶うなら、もう死んでもいいってこと」

 それは……あるかもしれない。
 いや、あった、と言うべきか。

「わたしはね。小さいころから、みんなに嫌われてたの。お父さんにも、お母さんにも。おばあちゃんだけは可愛がってくれたけど、わたしが小さいころに死んじゃった。友達が欲しいなって、ずっと思ってたけど、みんな、わたしのこと気持ち悪いって、さけるの。だから……」

 わたしの夢は叶った。
 それを叶えてくれたのは、陽菜。

「友達になろうって、陽菜が言ってくれたとき、わたしはもう死んでもいいって思ったよ」
「リーネ……みんな、同じだよ。ここに来る子は、みんな、そんな子ばっかり。お金はあるけど、愛情はない。そんな親にすてられた子たちだよ」
「陽菜も?」
 陽菜は小さく、うなずく。

 そうか。この孤独を陽菜も知ってるのか。
 そう思うと、嬉しくなった。
 陽菜との距離が、さらに近く感じられた。

「陽菜の夢って、なに?」
「大好きな人と、ずっと、いっしょにいたい……」
「陽菜の夢、叶うといいね」

 陽菜の笑顔が、網膜(もうまく)に焼きついた。
 わたしは一生、忘れない。



 *

 夜になった。
 今夜は満月。
 満月の光が魔女の魔力を高める。

 リーネは自分の部屋の窓から、ずっと外をうかがっていた。
 魔女のもとへ陽菜が行くのを待っていた。

(陽菜のことは、わたしが守らなきゃ)

 真夜中になって、誰かが窓の外を歩いていった。
 リーネは窓からぬけだし、追いかけた。

 青い月光にてらされる妖精のような姿。
 まちがいない。
 陽菜だ。
 陽菜のジャマはしたくない。

 でも、ダメ。
 あの魔女は信用できない。
 どうしたら、陽菜にわかってもらえるだろう?

 ひたひたと、かけていく。
 山小屋が見えてきた。

 陽菜は決意をかためるように、つかのま、小屋をながめた。そして、なかへと入っていく。

 リーネは窓から、以前のように、のぞいてみた。
 陽菜はそこに置かれたイスにすわる。
 話し声が聞こえた。
 魔女はもう、そこに来ている。

 リーネは小屋の裏手へまわった。
 今日こそは、逃がさない。かならず、魔女を捕まえ、正体をあばく。
 悟られないよう、忍び足で歩いていく。

 裏手の窓は高く小さい。
 だけど、マキがつまれていて、のぼりやすいようになっていた。マキはくずれないよう、ひとたばずつロープで結ばれている。

 リーネは、そこにのぼってみた。が、窓はカーテンでおおわれている。なかを見ることができない。

 どうしよう?

 正体がわからないと、また逃がしてしまうかもしれない。

 そうか。ここにマキがなければ、出るときの足場がない。

 リーネはマキのたばをひとつずつ、わきによけた。
 三十ほどあった。運ぶのに十分はかかった。
 そのあいだに、前のほうで、バタンと音がした。
 出入口のドアが開閉されたようだ。
 陽菜が帰っていくんだと思った。

 このあと、魔女が出てくる。でも、裏の窓は高すぎて、おりられないはずだ。出入口さえ押さえておけば、もう逃げられない。

 急いで前にまわった。
 おかしい。
 去っていく陽菜の姿が見えない。
 気をとられていると、小屋のなかから悲鳴が聞こえた。
 ののしるような大声も。

 リーネは小屋にとびこんだ。
 ドアをひらいて、あぜんとする。
 陽菜が床に倒れている。
 その上に馬乗りになって、何度もハサミをふりおろしてるのは、摩耶だ。

「摩耶! やめてッ!」
 体当たりするように、摩耶をつきとばした。

 うめき声をあげる陽菜を見て、がくぜんとした。
 あれほど美しかった顔が血だらけだ。

「陽菜! しっかりして。陽菜!」
「……リ……ネ? リーネ……なの? わたし、見えないよ」
「陽菜ァーッ!」

 リーネの手を求めるように伸ばされた手が、パタンと落ちる。もう、息はないのか?

「摩耶! ゆるさないッ!」

 しかし、摩耶は平然と笑った。
「いい気味! あたしの先生をとろうとするからよ。あたしのジャマするやつなんて、みんな、いなくなればいいんだ!——さあ、魔女。あたしの夢を叶えてよ! 神崎先生は、あたしのものよ!」

 カーテンの向こうで声がする。
「おまえの大切なものを捧げよ」
「なんでも持っていきなさいよ」
「では、その、つややかな黒髪を」

 摩耶は笑った。
「いいわよ。髪なんて、また伸びるんだから」
 手にしたハサミで、バッサリと長い髪を切った。
「ほら! これでいいでしょ!」
 カーテンに向かって髪をなげつける。

 カーテンの前には小さな机が置かれていた。
 そこにランプが置かれている。
 長い髪がランプにからみ、大きく炎があがった。
 近くに立っていた摩耶の髪にも燃え移る。あっというまに、摩耶の頭部は燃えあがった。
 悲鳴をあげて、摩耶はカーテンのほうへ倒れる。
 カーテンがちぎれた。
 そこにいたのは——

 魔女?
 いや、違う。
 これが魔女なはずがない。
 だって、そこにいたのは、優美だから。

 最初に魔女のウワサを持ちだした、優美。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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