七つの世界 その五

文字数 2,140文字



 気がつくと、またあの世界にいた。
 螺旋の巣。

 龍郎は気づいた。
 ここへ来るために必要なもう一つの条件に。青蘭だ。正確には瑠璃と言うべきか。瑠璃とともにいるときにしか、異相の転移が起こらない。

 たぶん、苦痛の玉と快楽の玉の引きあう力に、ペンダントの力がくわわったときにだけ起こる現象なのだろう。

(青蘭に会いたいけど、会うとこの世界に来てしまうのか。自分でタイミングをはかれない。回数が限られてるのは痛いな。いや、こっちにいるのが、ほんとの青蘭だ。早く助けないと)

 今度のここは二の世界と言っていいのだろう。
 自分がどこにいるのか、すぐにわかった。あの幽閉の塔などのある巣の中心部だ。中央の塔の周囲の四つの塔は、どこがどの塔なのか区別がつかない。

 この世界の青蘭が、まだ祭の贄に捧げられていないのだとしたら、幽閉の塔に捕らえられているはずである。

 目的地は幽閉の塔だ。
 龍郎は柱のかげから周囲をうかがった。

 清美は天使たちの持つパイプのような武器を奪えと言っていた。たしかに、あの武器があれば、かなり優位に戦える。

 それにしても、なんだろうか。最初に来た一の世界のときは、もっと塔全体が暗く、あたりも静まりかえっていた。

 だが、今日は妙に一帯がざわついていた。柱と柱のあいだに隠れているが、そこらじゅうに天使が歩いている。柱廊のあいだをびっしり覆うように整列して、まるで何かを待っているようだ。

 すると、そのとき、中央のもっとも巨大な塔が明々と光った。蛍のような淡い緑色の光が何千何万と輝き、塔をかこんで点滅する。とても美しい。まるで、祭の日の提灯(ちょうちん)で飾られた神社のようだ——と考えて、龍郎は自分の考えにゾッとした。

(今だ! 今が祭の始まりなんだ!)

 なんてことだろうか。
 ゆっくり時間をかけて助けに行くゆとりなんてない。今すぐ、なんとかしないと。

 龍郎は一番近くにいる戦闘天使までの距離を目測した。五メートルというところか。そこへ行きつくまでに、労働天使が十数人いる。

 あの天使のパイプを奪って、それから幽閉の塔に——

 考えていると、四方の塔の一つのハッチがひらいた。ぞろぞろと戦闘天使に囲まれた一団が塔から出てくる。龍郎より低い位置なので、白く長い装束を着た連中がよく見渡せた。
 その中心に、青蘭がいる。遠目でもわかった。本物の青蘭だ。

(青蘭——!)

 叫びたいが、はやる気持ちを抑えた。
 まずは武器を手に入れる。
 それからだ。

 龍郎は並ぶ柱のうしろを通り、ジリジリと戦闘天使のところまで近づいていった。

 背後に立ち、すばやく天使の首に片腕をまわした。まるで人間のようで気分が悪いが、遠慮なく締めおとす。

 パイプをひろった瞬間、龍郎は青蘭を囲む行列をふりかえった。居並ぶ天使たちがひざまずいて迎えるなか、行列は粛々(しゅくしゅく)と進んでいく。中央の塔に向かっている。青蘭はあきらめたのか、抵抗もしないでつれられていく。いや、よく見ると両手をビニール紐みたいなもので縛られている。

(なんだ? あいつ?)

 集団の先頭に有翼の天使がいる。それが、ほかの天使にくらべて倍も大きいのだ。龍郎と比較しても、むこうのほうが二十センチは背が高い。つまり、二メートルは優に超えている。

 青蘭は有翼の天使に紐をにぎられて、罪人のようにひきずられていた。

(有翼の天使。ルリムも有翼だった。やっぱり、いるんだな)

 天使らしい姿の天使だ。
 白い翼。長くウェーブしたブロンド。龍郎からは後ろ姿しか見えない。それでも、いやに迫力があった。鬼気迫るような何かだ。殺気と言ってもいい。

(あいつ……たぶん、強い。それも、そうとう強い)

 見ているだけで体にふるえがつく。
 それでも、龍郎は青蘭を助けるために、武器をかまえた。
 有翼の天使に狙いを定める。
 周囲から群をぬいて背が高いので狙いやすい。

(行け! 頼む。どんな使いかたか知らないけど、青蘭を助けたいんだ!)

 意識を集中すると、その精神力がパイプの先端に凝っていくような気がした。

 やがて、それはまぶしい金色の光線になって、有翼天使に向かっていった。

 戦闘天使たちの発する光線は弾丸ていどの小さなものだが、それは長槍(ながやり)くらいの長さで、太さは腕ほどもある。金色の光のまわりを青や赤やグリーンの輝きがシンチレーションのように虹色にきらめいている。

 やれる——

 そう思った瞬間、有翼天使がふりあおいだ。距離は七、八十メートル離れている。それなのに、まるで手の届く範囲にいるかのように、双眸がギラギラ浮きたって見えた。

 邪眼だ。
 その目で見つめられた者は石になってしまう。まるでゴーゴンのような強烈な視線。青と銀のあいだの金属のような照り返しのある瞳。

 有翼天使は自分のパイプで、龍郎の放った光線をふりはらった。攻撃はかわされ、塔の壁に跳弾(ちょうだん)して数十人の労働天使を吹きとばす。

 有翼天使が翼をひろげ、舞いあがった。青蘭を束縛する紐を離している。

「青蘭! 逃げろッ!」

 その瞬間、青蘭のおもてに奇妙な微笑が刻まれた。それは龍郎の知る青蘭とは思えないような、ひどく硬質な笑みだった。

(青蘭……?)

 なぜか、青蘭は逃げなかった。
 そのまま、別の天使に手をひかれ、中央の塔のなかへ入っていった。



 了
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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