魔女のみる夢 その二十

文字数 2,212文字



「おまえが……魔女? おまえが魔王をあやつっているのか? そうなのか? 美玲?」

 畑中美玲。
 一年A組のなかでも、いつも明るいクラスの中心人物だ。
 ベールの下にあったのは、美玲の小学生といっても通用しそうな幼顔だ。
 とうてい、魔女には見えない。
 しかし、今になって思えば、花凛は美玲と距離を置いていた。何か本能的な感覚で、自分に害を与えそうな人物として警戒していたのかもしれない。

 美玲は正体を知られたことで、ひらきなおった。ニヤっと笑うと、何やら手招きするような仕草をする。その手の甲には赤黒い色の模様があった。白石先生や神崎の手にあったのと類似した刻印。だが、白石先生の手にあったものより、ハッキリと禍々しい。

 蹄の音が刻一刻と高まっていった。
 近い。すぐそばまで来ている。
 空間が、グラリと揺れた。
 窓の外に巨大な馬の顔が覗いている。
 魔王が両前足をあげると、ガラス窓が粉々にくだけた。破片が部屋中にとびちる。

 龍郎は思わず、身をかがめ、目を閉じた。
 激しいいななきと悲鳴がとびかう。
 目をあけたとき、目の前に女の裸があった。大女優の体が空中高く浮いている。その胸には魔王の前足が深くめりこんでいた。女優は白目をむいて、失神しているようだ。

 そのとき、龍郎は変なことに気づいた。
 よく見ると、魔王の顔の半面が焼けている。魔王にしてみれば大した傷ではないようだが、それは以前見たときにはなかった傷痕だ。

(なんで……火傷? 誰かに攻撃されたのか?)

 いや、ぼんやり考えごとなんてしている場合ではない。

 魔王が前足をひきぬくと、蹄鉄のさきにトリモチのような粘りがネットリと糸をひいた。糸につながって、女優の体から何かが引きずりだされてくる。
 異様に頭が伸びているが、女優自身だ。ヒョロヒョロとした青白い影が、女優の肉体からえぐりだされてくる。

 青蘭は言っていた。
 魔王ガミジンはネクロマンサーなのだと。人間の魂にふれることができる、と。

(魔王に喰らわれた橘の魂。おれの枕元に立っていた坂本の魂。あれは、もしかして、コイツが……)

 やっと、すべての謎が解けた。
 魔女の魔法を使って、校長や理事長が儲けていたのは、少女売春などではない。臓器移植でもない。移植は移植でも、もっと人にとって大切なもの。魂だ。魂を移植していたのだ。
 年老いた体から魂をひきずりだし、若い肉体に植えかえる。
 では、自分のものではない魂を植えこまれた少女の魂は、どうなるのだろう?


 ——先生。わたし、だまされて。助けて……。


 泣いていた久遠の魂の言葉が脳裏を熱くした。

 別の魂を入れられた体は、かわりに、もともとあった魂を放出する。それとも、本来の魂も入れかえるときに、魔王がとりだしてしまうのか?

 龍郎は歯ぎしりして、両手をにぎりしめた。
 久遠のことは、もう救えない。残念だが、彼女の魂はすでに自分の体を失ってしまった。魔王に喰われた笑波の魂は、すでにこの世に存在すらしていないのかもしれない。でも……。

「でも、まだ、鈴木は生きてるんだー! このクソ悪魔がッ!」

 龍郎はグーで魔王のよこつらを殴った。今しも、女優の魂を持つのとは別の前足を、花凛の体にもぐりこませようとしていた魔王の鼻づらを。
 カッと白熱した光が、龍郎のこぶしから放たれた。軽い火傷を負っていた魔王の顔面が音を立てて溶けくずれる。
 馬の顔からは、かん高いいななきが、その喉の奥の人間の顔からは獣のような絶叫があがった。
 魔王は女優の魂をほうりだし、遠い虚空へ駆け去っていく。
 またたくまに煙のように細くなり、消えた。

「……スゴイな」
 暴れる美玲を押さえていたフレデリックが、このようすを見て呆然とつぶやく。

 龍郎は激昂を抑えるために、呼吸を整える。
 魔王を退散させた。だが、その存在を消滅させた気はしない。
 以前、青蘭が魔王クラスの魔神をやっつけたときは、存在ごと抹消させた。それにくらべたら、ぜんぜん、なってない。

 だが、フレデリック神父は感心して、めったやたらと褒めちぎる。
「君、ほんとになんの訓練も受けてない一般人なのか? 魔王をこぶしで追い払うなんて、普通できないぞ?」
「青蘭のお父さんがくれた力のおかげだと思います」
「いや、星流は素晴らしいエクソシストだったが、ここまでの力はなかった。我々は十字架に念をこめて、悪魔を祓うんだ。聖水や悪魔の嫌う香、お祓いの聖句なども含めてね」
「ふうん。そうなんですね。でも、魔王は逃げてしまった。もうこの学園にはいないんだろうか? まだなら、退治しないと、ほかの生徒が犠牲になってしまう。青蘭はさっきの馬の姿は魔王の影だと言ってたんだが」

 神父は青蘭の考えを察したようだ。
 思案しながら告げる。
「おそらく、魔王の本体はこの現実世界に召喚されている。魂に悪さするときだけ、異相空間である結界のなかに、必要な人間を引きこむのだろう」
「魔王の本体が現実に?」
「そう。召喚されるということは、そういうことだ」

 たしかに、神崎も悪魔だが、人間の姿でこっちにいる。つまり、魔王はふだん人の姿に化けているということ。

 龍郎は思いあたった。
 さっき、魔王は出現したとき、すでに顔にケガをしていた。それは本体のほうの魔王が傷を負ったからではないのか?

(アイツだ。アイツしかいない!)

 龍郎は自身の起こした行動の意味を反芻(はんすう)した。その結果がもたらしたはずの事実を。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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