七つの世界 その一

文字数 2,399文字



「わッ」と悲鳴をあげ、龍郎はとびおきた。レーザーの弾丸で全身をつらぬかれた痛みが、しだいに遠のく。

 見まわすと、そこは暗い地下だ。
 コンクリートむきだしの壁だが、螺旋の巣のなかにあった見たこともない金属ではない。

 目の前に清美がいた。
「大丈夫ですか? 龍郎さん。よかった。意識が戻って」

 龍郎は状況を思いだした。
 そうだ。地下室の仕事部屋をのぞいたとき、急に青蘭の首飾りが光を発し、そのまま気を失ったのだ。

(じゃあ、あれは、気絶してるあいだに見た夢か?)

 清美の手をかりて立ちあがろうとした龍郎は、ふと気づいた。自分の首にかかっているペンダントに。さっきまで、青蘭がしていたはずのザクロ石の……。

 夢じゃない。
 あの世界でのことは、ほんとにあったのだ。

 やっぱり、このペンダントが現実世界と異世界をつなぐ媒体になっている。

(青蘭が、これをおれに託した。今度こそ助けてくれと)

 絶望してはいられない。
 螺旋の巣には七つの世界があると、青蘭は言った。その世界のすべてで同じ結果にならないかぎりは、挽回の余地があると。

(このペンダントを使って、またあの世界へ行けってことだな。次こそは、必ず——必ず、青蘭を助ける!)

 真っ暗な地下室にブーンとモーターのような音がして、電気がついた。そう言えば停電中だった。
 照明の光のなかで、冬真が目をあける。かたわらには瑠璃もいた。こっちの世界にいる、この“瑠璃”が何者なのか、まだよくわからない。青蘭の霊体なのだろうか?

「せ……瑠璃さん。怪我してない?」

 ぼんやりしている瑠璃の手をとって立ちあがらせると、瑠璃は今やっと龍郎の存在を知ったかのように微笑んだ。
 少し冷んやりしているが、腕をつかむことができる。霊体ではない。

「頭が痛い」と、瑠璃が言うので、とにかく、くつろげる場所まで帰ることにした。
 螺旋の巣へ行くために必要なのは、ペンダントだ。それなら、地下室であるか否かは無関係だろう。

 龍郎が青蘭の肩を抱いて外につれだそうとすると、冬真が割りこんできた。

「龍郎くん。地下は見たんだね?」
「ああ。うん。すまない」
「じゃあ、瑠璃、戻ろう」

 冬真は自分の手で瑠璃をつれていく。
 どうも妬いたようだ。
 兄妹だから当然なのかもしれないが、やけに妹を慈しんでいる。

 たぶん、ここでの青蘭は仮の姿なんだろう。重構造の魔界で死が決定づけられるまでは、青蘭は青蘭としてではないが、存在することはできる。
 それが、なぜ、冬真の妹としてなのかは謎だが。

 でも、瑠璃としての青蘭のなかでも、龍郎のことを特別な人として認識され始めてきたようではある。冬真に手をひかれながら、瑠璃は何度も龍郎をふりかえる。龍郎と目があうと、かすかに嬉しげだ。

(待ってろ。青蘭。必ず助けるからな)

 地下室を出ていくと、もう真夜中のようだった。腕時計の文字盤はよく見えない。スマホを出すと、日付けが変わる直前だ。そして、ロック画面にズラリと電話の履歴が残っている。フレデリック神父だ。

 龍郎は迷ったが、今は無視しておくことにした。清美がリエルを信用してはいけないと言うし、じっさいに魔界へ行く方法は獲得した。彼らの助力が必須ではなくなった。それより、今はどうやって、この屋敷に長くとどまるかだ。

「冬真。あとで、ちょっと話があるんだけど」
「わかった。食堂の場所わかるかな? 行っててくれる?」
「うん。待ってるよ」

 冬真に肩を抱かれて、立ち去っていく瑠璃を見送った。食堂の入口で別れるときに、こっそりふりかえる瑠璃に龍郎は手をふった。瑠璃も小さく手をふりかえしてくる。そんな仕草を見るだけで、今は心があたたまる。

 食堂で、しばらく待った。
 待っているあいだ、清美がたずねてきた。

「それで、ちゃんと螺旋の巣には行けたんですよね?」
「ああ、うん。行けた……んだと思う。清美さんがいなかったけど、なんでかな?」
「あっ、わたし自身は行けないんですよ。夢のなかでも、行くのは龍郎さんだけです」
「そうなの?」
「はい。わたしはこっちの世界との連絡係みたいなもんなんですよね」
「なんだ。じゃあ、あっちの世界のこと知ってるわけじゃないのか」

 清美はケロリと言った。
「情報はあります。夢のなかの龍郎さんの活躍は見てますので」

 あるのか。じゃあ、行く前に教えておいてもらいたかったなと、龍郎は胸の内でつぶやいた。言ってもムダだと思ったので言わなかったが。

「ええと、どんなこと?」
「まず、パイプを奪ってください。あれがあれば、現状を打破する突破口になります。あと、ルリム、ですか。男の人が好きそうなエロな美女がいますよね?」
「う、うん。まあ、いる」
「あの人は信用していいですよ。利害が一致しているうちは」
「えっ? でも、騙されたけど」
「一つめの世界では、もう青蘭さん、ご臨終だったでしょ?」
「ああ」
「だからです。龍郎さんがいる意味ないんで。あの世界はなんか平行世界っていうんですか。いくつかの未来がつねに多次元的に重なっているんです。それがすべて一致すると、未来が決定されるので、過去をやりなおしたいなら、別の平行世界に移動するしかないんですね」
「なるほど」

 まさか、清美からこんなSF的な理論を聞かされるとは思ってなかった。でも、それは青蘭の霊が言っていた内容と一致する。

「そうか。平行世界なのか」
「あの世界の主は、ずっと昔に一度、人間の魔法使いに滅ぼされたことがあるんですよ。なので、その一族を継いだ娘が今の主なんですが、二度とそういうことが起こらないように、補助的な世界を複数まとめることで、簡単には倒されないように用心したんです」

 この世界を統べるゆいいつの女神——と、ルリムが言っていた存在のことか。

「ちなみにさ。あそこって、天界なのかな?」
「あそこはですね——」

 清美が言いかけたとき、足音が近づいてきた。冬真が入ってくる。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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