空家の怪 その一

文字数 2,224文字



 大学をぶじ卒業した。
 一時はどうなることかと思ったが、青蘭の機嫌がなおってよかった。

 だが、M市にいるのは、つかのま。
 とりあえず、引っ越しさきが見つかるまでという約束で、清美を龍郎のアパートに留守番させて、いざ目的の島へ——という予定だった。が、

「待ってください。おいてかないでくださいよぉ。知らない土地で家探しって言われても、保証人になってくれる人がいないと、不動産屋さんが貸してくれません!」

 清美に泣きつかれた。
 たしかに言われてみれば、そのとおりだ。

「……じゃあ、青蘭。清美さんが家を見つけられるまで、出発をのばしていいかな?」

 青蘭は、あっさり許諾した。
「いいですよ。じゃないと、僕たち、寝る場所もないですからね! なんなんですか? この大量のダンボール!」

 美しい双眸を半眼にして、青蘭は部屋中を占拠したダンボールの山を指し示す。
 たしかに、龍郎のせまいワンルームのアパートは、今や足の踏み場もない。
 旅に出ているあいだはいいが、帰ってきても、まだコレだと思うと、おちおち出立できない。

「えっ? このくらい普通じゃないですか?」
「普通じゃない! これは何?」
「マンガです」
「じゃあ、こっちのは?」
「小説かな」
「このへんの箱は?」
「うーん。アニメのグッズですね」

 青蘭は我慢の限界に達したようだ。
「今日中に部屋を決めて来て! じゃないと、ここにある箱、全部すてるから!」
「ヒイイッ! 鬼ですね。鬼ぃー!」
「文句あるなら、ダンボールにくくりつけて日本海に沈めるよ?」
「い……行ってきます!」

 というわけで、龍郎は清美の部屋探しにつきあうことになった。青蘭は留守番だ。愚民の部屋探しにつきあう気はないらしい。

 まずは市内の不動産屋めぐりだ。
 できれば龍郎自身も、これからずっと青蘭と二人で暮らすのなら、今より広い部屋に移りたい。ついでに自分の部屋も探したい所存だ。

 とりあえず、今、借りているアパートを管理している不動産屋に行ってみた。自分の部屋を移りたいという要望と、清美の引越しさきを探している旨を告げると、不動産屋の職員はひじょうに嬉しそうになった。もらった名刺には、三宮(さんのみや)(まこと)と記されている。

「予算はどのくらいですか? えーと、遊佐さんのほうは……三万? 三万はムリですよ。相場は五万から六万のあいだくらいですね。本柳さんは?」
「贅沢病のひっつき虫がいるので、十万から十五万くらいで、三DKか、二LDK」
「十万ですか。それだけ出すなら、ローン組んで建て売りの一軒家を買ったほうがいい気がしますけどね。分譲マンションとかね」
「建て売りかぁ。まあ、それでもいいんですが。俺は急ぎじゃないんで、いい物件があれば教えてください。パンフレットも貰っていっていいですか?」
「はい。もちろんです。どうぞ、どうぞ」

 三宮は龍郎の前には深々と(こうべ)をたれる。龍郎が地元の名士の出身であることを知っているし、金になる相手と見なしているのだ。

「えーと、わたしのうちは?」
 たずねる清美に対して、
「ああ、お客さんね。どうしても三万以下って言うなら、ないわけじゃないけど、そのぶん物件は古くなったり、駅から遠くなったりするけどいい?」と、あきらかに態度が雑だ。世界は金でまわっている。

「駅から遠いのは、ちょっと……古いのは我慢できるかな。案内してくださいよ。どんなとこがあるんですか?」
「じゃあ、行きますか」

 三宮が運転する車に乗せられて、そのあと数時間、市内に点在する建物を見てまわった。安いだけはあって、どれも何かしらの不便や不都合があり、なかなかコレと言った物件がない。

 清美が腕を組んで、うなり声をあげる。
「うーん。三宮さん。なんかダメですよ。ダメダメです。古いのは我慢できるけど、玄関があかないとか、床が十五センチも傾いてるとか、トイレがないとか、ちょっと住める条件じゃないですよ? トイレがないってなんなんですか? もよおすたびに、となりのコンビニへ駆けこめって言うんですか? もうちょっとマシなとこ紹介してください。次、行きましょ。次!」

 清美のパワーがどこから来るのか。
 長時間つきあわされた三宮はゲッソリした顔で、何やらブツブツとつぶやいた。「もういいか」とか「このさい、あそこでも……」とか言っているように聞こえたのは気のせいだろうか?

「……じゃあ、次、行きましょう」

 そう言って、三宮が最後に案内したのが、その家だった。
 それは市外の山間部に近い一軒家だ。造りはたしかに古いが、とても立派な屋敷だ。純和風の家屋で、少なくとも築五十年は経過している。庭も広く、周囲を黒板塀で囲まれていた。庭木は荒れていたが、平屋建ての建物は見たところ歪みもないし、手入れが行き届いている。

 ひとめ見て、清美は歓声をあげる。
「わあッ。すっごーい! お屋敷じゃないですかー。ちょっと市内から遠いのが難だけど、バス停まで歩いて五分は悪くないですね。風情があってナイスですよ! 三宮さん」

 三宮は妙な笑いかたをした。ニヘラニヘラと笑いながら、やけに意地の悪い目つきで清美をながめる。

「そうでしょ? 僕だって、やるときはやるんですよ。どうぞ、なかを見てください。管理はしっかりしてますんで」
「スゴイ。すごーい。ここ、何室あるのかな? わたし一人には広すぎるかなぁ?」

 清美は嬉々として玄関に向かう。
 しかし、そのとき、龍郎は感じていた。なんだか、この家、嫌な気配がする。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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