序章

文字数 1,170文字


 明けそめる陽光がステンドグラスを通し、鮮やかな色彩を十字架になげる。
 祭壇を前にして、セオドア・フレデリックはひざまずいた。

 そこに立つのは、現在、新生薔薇十字団のトップ。リエル・ガブリエラ・ソフィエレンヌだ。表向きそう呼ばれてはいるが、偽名の可能性はすてきれない。

 年齢は二十代なかばだろうか?
 少年のように細身で中性的な美青年だ。やわらかなプラチナブロンドの巻毛と淡いエメラルドグリーンの瞳は、まるでフランス人形のようだが、どこか青蘭(せいら)に似ている。そう思うのは、性別を超越したような美貌のせいだろうか?

 セオドアはこれまで一度も、この若きリーダーが誰かに似ているなんて考えたことなどなかったが、それほど、青蘭の印象が強かったということだろう。

 美しかった。青蘭。
 星流(せいる)の息子ということを置いても惹かれる。
 同じほどの美貌にもかかわらず、リエルを前にして、そんなふうに感じたことはなかったのだが。
 リエルはどこか潔癖なふんいきが漂い、近づきがたい。見目麗しいが色恋の対象になるとは考えられない人物だ。機械的というか、妙に非人間的に見える。

 もっとも、彼に対面することが許されているのは、組織のなかでも数人だけだが。

「報告に参りました。ソフィエレンヌさま」

 声をかけると、彼は壇上からセオドアをかえりみた。エメラルドグリーンの瞳は氷のように澄みきっている。光のかげんのせいか、片方の瞳は青い。

「で、なんと?」
「お断りします、だそうです」
「ふん。そう言われることはわかっていただろう? そのために、おまえを行かせたんだ。ちゃんと手なづけてはいるな?」
「まだ、そこまでの信頼関係は築けません。しかし、時間をかければ……」
「我々の側にとりこめる、と?」
「そのつもりです」
「失敗しましたじゃすまないぞ?」
「自信はあります」

 リエルはコツコツと靴音を響かせながら、祭壇の前を右に左に歩きまわる。長らく思案に暮れていた。

「いいだろう。どっちにしろ、おまえのなかにアレがあるかぎり、彼らの玉が完成形になることはない。その件はとうぶん、おまえに一任しよう」
「ありがとうございます。必ずやご期待に添います」

 これで好きなだけ、青蘭とともにいられる。セオドアは内心の喜びを抑えて立ちあがった。
 だが、きびすをかえすと、背後からリエルに呼びとめられた。
「フレデリック」
「はい?」

 かえりみると、ステンドグラスの青や赤の光が、リエルの麗しいおもてに、言うに言われぬ複雑な陰影をつけていた。それは天上の主のように神秘的でもあり、死者を地獄へつきおとす死の神のように非情にも見える。

「いいか? 賢者の石を悪魔に渡すくらいなら、手段は選ばない。おまえの失敗はヤツらの死だ」
「心にとめておきます」

 セオドアは一礼し、退出した。
 ふたたび、日本へ。
 青蘭に会いに行くために。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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