忌魔島奇譚 その十四

文字数 1,772文字


 龍郎の視界は真っ白に燃えた。
 何が起こっているのかわからない。
 ただ全身を光がつらぬきとおしていく。その光は清冽で、刃物のように鋭利でありながら、どこか、あたたかかった。

 体をつかんでいた触手が消え、龍郎たちは落下していく。
 視力がきかないものの、龍郎は必死で青蘭を抱きしめた。

 けがらわしい感触の上に落ちた。たぶん、大神の頭上だ。周囲は異様にうねり、波長の異なる咆哮(ほうこう)が、あたりをゆるがした。
 大神が苦しんでいる。
 青蘭の発する光が、大神を切りさき、龍郎たち二人はその巨大な体内へ埋没していく。
 このまま、二つに切れるか——
 そう思われたとき、青蘭の口から苦渋のうめきがもれた。

「青蘭?」
「さすがに魔王クラスだな。僕のアンドロマリウスでは退魔しきれないかもしれない……」
「それだと、どうなるんだ?」
「悪魔どうしの闘いは、喰うか喰われるかだよ。負けたほうが喰われる」

 龍郎は息を呑んだ。
 もう何が起こってるかなんて、どうでもいい。
 ここから生きてかえりたい。
 青蘭と二人で、いつもの生活に戻りたい。

 苦しげにあえぐ青蘭。
 龍郎にできることは、青蘭を抱きしめることだけだ。

(くそッ。誰か力を貸してくれ。青蘭を守りたい。守りたいんだ!)

 人生で一番強く願った刹那。
 龍郎の右手が光った。無意識に、龍郎はその手を、青蘭の下腹に押しあてた。
 青蘭が「うッ」と声をあげ、身をよじる。光が増長した。
 玉が呼びあっている。
 共鳴する。
 龍郎の体から青蘭のなかへ、青蘭の体から龍郎のなかへ、熱い奔流が流れこむ。深く、つながる。

 二人は玉を通して一体となった。

 大神は一瞬にして四散した。飛びちる肉塊の一つずつが原子レベルにまで分解され、黒い竜巻となった。
 その竜巻は、青蘭の口のなかへ吸いこまれていった。



 *

 気づくと、龍郎は青蘭と二人で湖に浮かんでいた。
 もう、あの忌まわしい神は、この世に存在しない。そのことは明確に感じられた。

「……青蘭。大丈夫か?」
「ええ」
「あんなもの飲んで、なんともないのか?」
「あれはアンドロマリウスに吸収された。僕のアンドロマリウスが、数倍、強くなった」
「そうか。ならいいんだけど」

 魔神を喰うなんて、とんでもない恋人だ。

(まあ、青蘭は恋人だなんて思ってないだろうけどな)

 プカプカと漂っていると、なんだかとても心地よい。

「龍郎さん」
 青蘭がいやに甘ったるい猫なで声を出してくる。
「うん?」

 その瞳を見ると、たしかな信頼の絆がうかがえる。
 二人で今、ここにいる。
 それだけでいい。

「ねえ、龍郎さん?」
「うん? だから、何?」
「すっごく……気持ちよかった。またいっしょにやろう?」

 思わず龍郎は体勢をくずした。
 しばらく、バタバタして、やっと水面に浮きあがる。あやうく、青蘭に殺さるところだ。

「やるって……な、何を……」
「悪魔退治」
「えっ!」
「なんだと思ったんですか?」
「いや、その……」

 まだまだ、ふりまわされそうだ。
 二人の頭上で、上弦の月が笑っている。



 *

 どのくらい経ったころだろうか?
 島が鳴動している。
 さっきから不気味な振動が周期的に起こってはやむ。最初はかすかだったが、しだいに揺れが大きくなるようだ。

「島の盟主が滅びたから、この島も崩壊するんだ。今すぐ、ここから逃げださないと」

 青蘭が言うので、あわてて、龍郎は岸にむかって泳ぎだす。
 急に何かが龍郎の足をつかんだ。
 まさか、まだ大神の一部が生きて残っていたのか? それとも、覇気が湖の底から舞いもどってきたのか?

 と思ってふりかえると、龍郎の足をつかんでいるのは、青蘭だ。

「え? 何?」
 たずねると、青蘭はこんなことを打ちあけるのは恐ろしく屈辱的だと言わんばかりの顔つきになった。
「……僕、泳げないんです」
 その悔しそうな顔を見て、龍郎はふきだした。まったく、何から何まで予想の斜め上を行ってくれる。
「おれにつかまって。ほら」
 青蘭の肩を抱いて、湖岸へと急ぐ。

 岸にたどりついたときには、そこは無人になっていた。生贄の女たちは誰一人助からなかったようだ。あるいは、大神に捕まらなかった者は、とっくに逃げだしているのだろう。

 森のなかを走っていく。
 ぬれた服が重い。
 とは言え、文句を言っているゆとりはない。鳴動の間隔が明らかに短くなっていた。

 滅びのときが近い。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み