序章

文字数 738文字


 燃えさかる業火のなか、青蘭(せいら)は逃げまどう。
 生まれ育った屋敷は、今や地獄の様相だ。
 炎が壁をつたい、うねりをあげて天井まで達する。
 火の粉が降りそそぎ、黒煙があたりを包んだ。

(パパ。ママ。どこにいるの? 苦しいよ。助けて)

 幼い足でかけまわるには、あまりにも危険に満ちていた。
 生命を保つことが難しい状況だ。
 まもなく屋敷がくずれおちることは目に見えている。

 だが、わずか五歳の青蘭には、それらの判断ができない。
 ただ泣いて、両親を呼ぶことしかできなかった。

 今日は優しいお兄ちゃんが遊びに来てくれて、ちょっと前まで、みんな笑ってたのに、なんで、こんなことになったのだろう?

「パパ、ママ……」

 助けてと叫ぼうとするが、声が出ない。
 煙を吸いこんで、せきこんだ。

 目がしみて涙が出てくる。
 いや、涙はただ恐怖からあふれてくるのかもしれない。

(ママ……どこにいるの?)

 ふらふらして、気が遠くなった。
 ろうかの窓をあけようとしたが、手をかけたとたんに、皮膚が真っ赤になって焼けただれた。

 炎が青蘭を襲う。

 死という概念は、まだ青蘭にとって、おぼろなものだった。
 ずっと前、いつのまにか飼い犬がいなくなったとき、「ジョンは死んだのよ」と、母が言っていた。そのていどのことしか知らない。

 でも、知識としては知らなくてさえ、自分の現状が絶望的なものであることを、青蘭は本能的に悟った。

 ジョンと同じように、自分も“いなくなる”のだと。

「痛いよ。怖いよ。ママ……ママ……」

 火のついたカーテンが熱風にまかれて飛んできた。
 必死にふりはらうが、またたくまに服や髪に燃えうつる。

(熱い。熱い。ぼく、死んじゃう。誰か——誰か助けて!)

 青蘭の最後の記憶は体を焼かれる耐えがたい痛み。
 そして——
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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