魔女のみる夢 その二十一

文字数 1,593文字



 青蘭が気づいたとき、そこは自分の泊まるプレミアスイートルームではなかった。青蘭の部屋より、調度品のレベルがかなり劣る。どこかわからないが、ホテルの一室だ。照明が薄暗い。

(僕……何してた……け?)

 意識が朦朧(もうろう)とする。
 なんだか、目をあけていることが苦痛なほどに眠い。

(薬…………)

 誰かに眠り薬を盛られているようだ。
 体が思うように動かない。

(龍郎……さん……)

 僕、また龍郎さんとケンカしたんだっけ?
 ああ、そうか。僕がほかの男と寝たからか。だって、しょうがない。僕はそうしないと、体が……。

 でも、涙がこぼれる。
 頰をぬらす生ぬるい液体を感じた。

「おやおや。泣くのですか? あなたはほんとに、見ためだけはお母さまにそっくりで、この上なく美しいですな」
 耳元で誰かの声がする。
 青蘭を嘲るような笑い声も。

(誰……?)

 その声が、また話しだす。
「私はね。あなたのお母さまに焦がれていたのですよ。まったく相手にもしてもらえなかったが。あなたのお母さまは、まことに天使のようなかただった。麗しく優しく清らかで、生まれながらに高貴な姫君だった。
 ところが、あなたと来たら、どうですか? 姿形はお母さまによく似ているが、中身は似ても似つかぬ、まがいものだ。誰にでも足をひらく淫売。あなたのお母さまがあの世で嘆いておられますよ。
 いっそ、あなたとあなたのお母さまの魂が入れかわるというのは、どうですかな? あの世からお母さまの魂を呼び戻してもらいましょうかね。きっと、そのほうがお母さまもお喜びでしょう。それをしてくれる人もいる」

 青蘭は眠気に抗い、目をあけた。
 視界が霞のように、ぼんやりする。
 目の前に男の顔があった。初老の男。総支配人だ。

(僕の魂と、お母さまの魂を……)

 言われている意味が、よくわからない。しかし、自分が危機的状況にあることは悟った。逃げようとするが、意識と体のあいだに、ゼラチンのようにブヨブヨした分厚い壁がある。

(イヤ……だ。まだ、死にたくない。やっと苦痛の玉を見つけ……)

 でも、いいじゃないか?
 二つの玉をそろえたからって、だから何になると?
 僕の(せい)は穢れている。
 そんなふうにしか生きられない生にしがみついたからって、何も得るものはないのに?


 ——おれは、おまえが好きだよ。恋人になってくれますか?


 なんで、そんなこと言うの?
 今さら、やめてよ。
 人間なんて、みんな嘘つきなんだ。おもてではオベッカ使っていても、裏では僕のこと嘲笑ってるんだ。
 かわいそうに。なんて醜い化け物だろう。あんな姿で生きるくらいなら、死んだほうがマシだ……って。
 きっと、あなたも財産目当てでしょ?
 内心はどんなに金を積まれたって、自分ならあんなふうになってまで生きていたくないって、そう思ってるんでしょ?

 嘘つきは嫌いだ。

 もうどうなってもいいと思っていると、急に総支配人が大きな声を出した。
「おお、来てくれたのか。そのケガ……どうしたんだね?」

 誰かが部屋に入ってきたらしい。
 しかし、総支配人の問いかけに答えはなかった。いきなり血なまぐさい匂いがして、総支配人は倒れた。

(誰……?)

 荒い呼吸が聞こえる。
 その人物は怪我を負っているようだ。苦痛にうめく声も、ときおりもれる。

「青蘭。青蘭。君だけは渡さない。つれていく。君はなんて甘美なんだろう。甘くて甘くて、とろけそうに美味しい君。私は君の虜だよ。変だねぇ。私は淫欲の魔性ではないのに」

 ふわりと抱きあげられるのを感じた。
 どこかへつれ去られようとしている。

(どこへ行くの?)

 その人は笑ったようだ。
「魔界だよ。私の故郷へ、君をつれていく」

 魔界? 悪魔たちの巣窟か……。
 化け物の僕にはふさわしい住処。
 でも、行きたくない。
 なぜかはわからないけど、心が痛い。

(助けて。龍郎さん……)

 そのとき、また誰かが部屋にとびこんできた。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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