架け橋 その四

文字数 1,631文字

 *

 サンダリンの意識は遠くなりつつあった。

 やはり、天使でなくなったサンダリンの戦闘力はかなり落ちている。というより、虫の息だ。

 女王と戦うことなど、もともと、できる体ではなかったのだ。
 女王に叩きつけられたまま、床で伸びている。

 なぜ、こうなったのだろうと、サンダリンはぼんやり考える。

 ルリム王女の誘いを断り、女王の塔へむかったところまでは記憶にある。
 両翼を失い、ひとすじの希望をいだきながら、女王のもとへ急いだ。足どりは重いが、心は軽い。

 私は男になった。今なら、きっと、母上も——

 きっと、子どものころのように、「サンダリン。わたしの可愛い坊や。今までよく頑張ってくれましたね。もういいのよ」と、あたたかく抱きしめてくれる。

 母の微笑みを思うと、これまでの辛苦がすべて霧散する気がした。
 ようやく、求めていたものが得られる。

 それにしても血が流れすぎた。
 意識が朦朧とする。
 ただ母の喜ぶ顔が見たい一心で歩いていく。

(私は王になりたいわけではない。ただ、愛されたいのだ。私を見向きもしなくなったあのかたに、今一度、以前のように……)

 王子に戻りさせすれば、母に優しい言葉で迎えられると信じていた。
 だが、ようやく女王の塔の玉座の前にサンダリンが辿りついたとき、女王は不機嫌にうなった。

「サンダリン。その翼はどうしたのだ?」
「自然にぬけおちたのです。母上。私は男に戻りました。もう一度、王子として認めていただけますか?」

「バカなことを。そなた、わかっているのか? 王子など替えはいくらでもいる。だが、有翼の戦闘天使は、そなた一人。快楽の玉、苦痛の玉、二つながらに手に入るやもしれぬという、この大事のときに、戦える者がいなくば話になるまい。この穴埋めをなんとする?」

「でも、母上……」
「死にぞこないの王子に、なんの価値がある? 天使でなくなったそなたなど、塵ほどの意味もない」

「そんな。では、私はどうしたら……」
「どうとでもすればよい。どうせ、まもなく死ぬであろう。どこでも好きなところへ行って、のたれ死ぬがよいわ」

「母上。お待ちください。女王陛下——!」

 呼びとめたが、母は玉座を立ち、奥の間へ去った。ただの一度も、サンダリンをふりかえることもなく。

(そう。これが、あなたの仕打ちか……)

 いつか、ふりかえってくれるかもしれない。認めてもらえるかもしれない。そう思い、戦い続けてきた。
 でも、けっきょく、最後はゴミのように捨てられる。ただそれだけの存在だった。
 天使であれば愛されず、天使でなければ価値もない。

 急に笑いたくなった。
 サンダリンは声をあげて笑った。
 抑えられない衝動が高まり、そのあとのことは覚えていない。

 気づいたときには、女王の手で殺されかけていた。意識が遠のく。

(あなたが私を殺すのか。それほどに……憎い、のか?)

 そのとき、あの男の姿が目についた。
 星の戦士だ。

 サンダリンの頭をくだこうとする女王の胸に、武器の照準をあわせている。

(殺す……つもりか)

 女王をか。サンダリンをか。
 それとも、二人まとめてか?

 それもいいと、ふと思った。
 母の愛は二度と戻らないことが痛いほどわかった。

 サンダリンには、こうするほか手立てがない。
 母を殺して自分も死ぬ。
 そうすれば、母は自分だけのものになる。永遠に……。

 血を吐きながら、サンダリンは最後の力をふりしぼった。

 自分の横にころがる、子どもたちの塔の魔法媒体。
 四つのうち三つが損壊すれば、魔法の効力は極端に弱まる。

 指一本、持ちあげることさえ難しい。
 自分の体をこれほど重く感じたことは、かつてなかった。

 もうじき自分は死ぬのだ。

 サンダリンは執念のみで、それを成しとげた。片手をふりあげ、魔法媒体をこぶしでつぶす。

(さあ、殺せ。私と母上を。それが私の最期の望み……)

 星の戦士は武器をかまえた。
 オーロラのような光が、女王とサンダリンを包みこんだ。

 その日、五の世界はついえた。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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