裏見参り その三

文字数 2,250文字


 ぼうぜんとながめていると、灯籠のなかの顔がブツブツと何か言いだした。念仏だろうか? 南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏。南無阿弥陀仏……そんなふうに聞こえる。

 美凛花は自殺したことを後悔しているのかもしれない。だから、成仏の言葉を唱えながら、最後にひとめ、友達と会いに来たのだ。

 龍郎はそう考えた。そうであってほしかった。だが、次の瞬間、それは龍郎の都合のいい妄想だとわかる。

 つぶやく美凛花の顔がしだいに穴のなかにめりこんで、こっちに近づいてくる。灯籠の穴を通って、こっちへぬけだそうとしている。近づくたびに、その声が大きくなってきた。そして、ハッキリと聞きとれたのだ。

「…………ます。……みます。うらみます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます。怨みます! 怨みます! 怨みます!——」

 龍郎はひざが笑って、立っていられなくなった。ぺたんとすわりこんでしまう。

 おたけびを発しながら、美凛花はむりやり、灯籠の穴をくぐろうとする。顔だけならまだしも、頭全体はとても、その穴を通れない。あごと(ひたい)がひっかかって止まっている。

 どうか、それ以上、こっちに来ないでくれと、龍郎は願った。

 美凛花はなぜか知らないが、この世に怨みを持っている。計り知れないほど強烈な怨念だ。

 想像はついた。この年の子どもが自殺するのだ。その背景にはイジメか虐待があったはず。そして、今、この場にいるのは同じ学校の児童たち。つまり、この子たちにイジメられていたことを苦に死んだ。

「 怨みますッ! 怨みまーすッ! 怨みまあーすッ! 怨みまああああああああああああああああああーすゥゥゥッ!」

 少女の頭がとつぜん、破裂した。頭蓋骨がくだけたのだ。物理的に通るはずのない穴にムリヤリ押しこんだから、つぶれてしまったのだ。

 そのようすは、美凛花の死の瞬間を彷彿(ほうふつ)とさせた。

 人間は足より頭部のほうが重い。飛びおり自殺をすると、重心の重い頭から地面に激突し、頭蓋骨が粉々にくだけることが、ままあるという。

 まるで、美凛花は自分の死の瞬間を、そこにいる者たちに見せつけたかのようだ。
 自分を死に追いこんだ者たちに、自分の死がどれほど凄絶で、悲惨だったのか。そのさまを加害者の目に、生涯消えない烙印として焼きつけようと……。

 骨がくだけ散った瞬間、両方の眼球が流れだした。皮がしぼんで、いっきに頭が半分ほどにも小さくなる。口や眼孔(がんこう)から脳みそがとびだし、血があふれた。

 小学生たちは口々に叫び、腰をぬかしたまま失禁する。あわをふいて白目をむく者もあった。

 阿鼻叫喚のなか、美凛花は小さな穴を押し通ってくる。怨みます、怨みますの声がしだいに巨大になり、鼓膜(こまく)をやぶりそうなほど(とどろ)く。

 体の骨をバキバキくだきながら、灯籠から上半身を出して、美凛花がこっちにむかって手を伸ばす。その手は蛇のようにヒョロヒョロ伸びて、一番、フェンスに近いところにいた女の子の足をつかんだ。

 美凛花の頭が異様にふくれあがり、二つに割れた。口をあけたからだ。つかまれた女の子は、美凛花の口のなかに消えた。骨のくだける音が、ひとしきり続く。

 やがて、美凛花の口がとがり、プッと何かが吐きだされてくる。

 全身の骨が木っ端みじんになった女の子。そのさまは女の子というより、高熱で溶けたグニャグニャのゴム人形だ。それは人間であった残骸(ざんがい)でしかない。

 キャアキャアと叫ぶ女の子を、美凛花は次々に口のなかへ入れて、吐きだした。人間の残骸を急ピッチで製造していく。

 最後の一人の足がつかまれた。女の子は救いを求めるように龍郎をあおぎみる。龍郎は手を伸ばしたが、その手は空を切った。

「やめろォー! そんなことして、なんになるんだ!」

 説得を試みるが、美凛花はまったく聞き入れない。そもそも人としての知性や感情が残っているかどうかもわからない。

 食虫植物のように大きくひらいた美凛花の口に、最後の一人が飲みこまれて——

 そのとき、青蘭が言った。

「龍郎さん。あれだ。あの光が、ロウソクの火のかわりになっている」

 青蘭が示したのは、焼却炉のとなりにある外灯だ。光のあたる角度が、灯籠をスポットライトのように浮かびあがらせている。

 龍郎は焼却炉のそばに落ちた、ブロックのかたまりを見つけた。にぎりこぶしほどの大きさだ。無我夢中でそれをつかみ、外灯にむかってなげた。

 ふだんなら、きっと、とてもそこまで届かなかっただろう。
 しかし、必死だったせいか、龍郎のなげたブロックのかたまりは、一投で外灯に命中した。ガシャンという音ともに明かりが消えた。

 美凛花は風船がしぼむように、灯籠のなかに吸われて消えた。



 *

 とんだおけら参りになったが、最後の一人を助けることができた。
 龍郎たちはこれ以上かかわると警察に怪しまれる。それでなくても、義姉の事件で疑われているのだ。
 フェンスにひっかかった女の子をおろし、団地の前に寝かせておくと、その場を去った。

 龍郎たちが逃げだす前に、悲鳴などを聞きつけて、住人が警察を呼んでいたようだ。パトカーのサイレンが遠くから聞こえていた。女の子は無事に保護されただろう。それだけでも救いだった。

 だが、三が日がすぎ、雑煮にも飽きたころ、新聞を見た龍郎は知った。

 あのときの女の子が自殺したと。
 団地の屋上から飛びおりて。

 遺書には、こう書かれていた。
 怨みます——と。



 了
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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