ザクロ館 その六

文字数 2,054文字



 地下室へおりる階段は、食堂からさらに奥へ行った、中庭へ出るための裏口の近くにある。

 龍郎は冬真につれられて、冬真の部屋のベランダから庭にでた。幸い、この家は西洋式に土足だ。

「庭をつっきったほうが、おれの部屋からは近いんだ」
「なるほど」

 庭には外灯がない。屋敷の内部からもれる照明と、月明かりだけが光源だ。天気が悪いので、外はかなり暗かった。

「なんにも見えないなぁ」
「ごめん。おれは慣れてるから」
「いや、いいよ。だんだん目が慣れてきた」

 屋敷の電光もすべての部屋が照らされているわけじゃない。ポツポツと、ほんの数室だけ。しかし、言いわけではなく、たしかに目は慣れてきた。

 すると、前方に、ひときわ大きなザクロの木が見えた。中庭の中心あたりだ。

 ザクロの木が果たして、どれくらい大きくなるものか龍郎は知らないが、めったやたらに巨大なのは、屋敷の庭にある他の木とくらべてもわかる。大人が両手で抱えきれないほどの太い幹。四方八方に伸びた枝は、大人が乗っても充分、重さに耐えるだろう。かなりの古木のようだ。あまりにも大きいので、気持ちが悪い。ザクロの化け物だ。

 その木の下に、人影が立っていた。
 近づいていくと、青蘭だ。ザクロの木を見あげて、物思いにふけっているようだ。

「瑠璃!」

 冬真がかけよっていく。
 龍郎も追いかけて、すぐかたわらまで行った。そこまで来て、青蘭が泣いていることに気づいた。

 ズキリと胸が痛む。青蘭は、また泣いているのか。せっかく二人の愛をたしかめあって、微笑みをとりもどしたと思ったのに、それもつかのま、龍郎の手を離れたとたん、またもや泣いている。

 抱きしめたい。しかし、それは今、龍郎の役ではなかった。冬真が青蘭の肩を抱いて、なぐさめる。

「瑠璃。悲しいことを思いだしたのか? おまえはもう一人じゃないよ。ごめんな。兄さんがいつも、そばについていてやれなくて」

 冬真は青蘭を妹の瑠璃だと思っている。それはわかっている。だが、愛する人が別の男の腕のなかで泣くのを見るのは、とてもつらい。

 龍郎が唇をかみしめていると、どこからか、ひょこっと清美が現れた。

「むーん。そっちとそっちのカップリングか。これは予想外」

 龍郎は嘆息した。
 例のごとく、真剣に悩んでいるのがバカバカしくなってくる。

「清美さん。どこにいたんだ」
「えっ? さっきから、ずっと、ここにいましたけど。青蘭さんしか見てないからでしょ?」
「あっ、そう? ごめん」

 話しているうちに、冬真が青蘭に告げているのが聞こえた。

「瑠璃。もう自分の部屋に帰ったほうがいい。兄さんが送ってあげようか?」

 すると、青蘭は首をふった。
「わたし、お兄さまと離れたくない」
 そう言って、冬真の腕に自分の腕をからめた。

 ちょっと前まで、青蘭のとなりは龍郎のためのスペースだった。悪魔にさらわれてしまった自分が悪いのだが、なんだか失態を無言で責められているようだ。なんだって、こんなにも妬けることを見せつけてくるのだろう。

「龍郎くん。瑠璃もいっしょでいいかな?」と、冬真が言うので、龍郎はため息をつきながら、うなずいた。

 というわけで、一行は四人に増えた。
 中庭をつっきって、コの字の反対側の裏口から建物のなかへ入っていく。

「このあたりの部屋は昔、住みこみの家政婦さんたちの寝室として使われてたらしいんだ。だから、今は誰もいない」

 近くに見えるいくつかのドアの内は、すべて無人だと、冬真が教えてくれる。つまり、多少、大きな声を出しても、誰にも聞こえないということだ。その点、安心して話すことができる。

「地下室はこっち。夕食前に祖父が貯蔵室に行くくらいだね。あとは、父が書斎がわりに使ってる部屋があるけど、週末は休みに来てるから、そこもめったに使われることがないよ」

 冬真は説明しながら、一つのドアをあける。が、なかは室内ではなく、暗い階段になっていた。一人ずつでしか通ることができないような細い幅しかない。龍郎は子どものころに上ったことのある灯台の内部を思いだした。狭い螺旋(らせん)階段をくるくるまわりながら、上っていったことを。

 階段の出入口で、冬真が壁をさぐり、何度かカチカチと音を鳴らした。電灯をつけようとしたようだが、明かりはつかなかった。

「蛍光灯が切れてるみたいだ。つかないな。みんな、足元、気をつけて」

 言いながら、冬真が先頭で階段をおりていく。その背中にひっつくようにして、青蘭が。龍郎はそのあとを追った。龍郎の背中には、まことに残念ながら清美がへばりついてくる。

「すいません。怖いの嫌いなんです。決して、青蘭さんから龍郎さんを奪ってやろうとか考えてませんよ!」
「わかってるよ。清美さん……」

 清美がいることで、どうにか、ふんいきがまぎれている。でなければ、ほんとに、かなりのオカルティックな状況だった。

 とつぜん、家人が仮死状態になる屋敷のなかで、魔界につながるという暗闇のなかへ、一歩、また一歩とくだっていく……。

 この地下のなかに、何があるのだろうか?
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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