家守 その一

文字数 2,726文字




 清美の実家は、ほんとに山奥にあった。昨夜、一泊したのはI県だが、となりのA県とのあいだの県境に位置している。奥羽山脈のもっとも深いふところだ。

「こんなところに、ほんとに人が住んでるの? 熊と鹿しかいないんじゃないの? 僕、悪魔は退治できるけど、熊に襲われても撃退できないよ?」
「すいません。はふぅー。この熊ちゃん、可愛いですねぇ」
「僕の熊に勝手にさわるなよ」
「あっ、熊はダメ? じゃあ、こっちの蜜蜂ブンブンでもいいですよ?」
「ミツバチもダメ!」

 目的地へむかう車内は、なんとも騒がしい。大人三人が荷物とともに乗りこむわけだから、それでなくても軽自動車では狭すぎるのに、その上、青蘭が大量のぬいぐるみを持ちこんだものだから、見ためも、にぎやか。青蘭と清美のかけあいも、にぎやかだ。
 青蘭は助手席にすわっているので、ぬいぐるみの大半は後部座席に置かれている。青蘭は清美がそれらを手にとるたびに目くじらを立て、よっぽど心配なのか、一番お気に入りのユニコーンは抱きしめて離さない。
 青蘭にこんな一面があるなんて、ほんとに意外だ。

「はいはい。二人とも。もうすぐ着くぞ。あっ、二又だ。どっちに行けばいいのかな?」
「右に行ってください。左側が痣人神社のある山頂に行く道です」

 清美に言われたとおりに進んでいくと、舗装もされていない細道のさきに、廃屋かと見まごう一軒家があった。昔は風情のある茅葺き屋根の古民家だったのだろうが、今はむしろ、ゾンビの住処だ。

 雑草のはびこる前庭に自動車を停め、とりあえず降車する。
 その家を見あげて、青蘭は言った。
「……愚民、ど貧乏なの?」

 龍郎が実家を青蘭に見られてコレを言われたら、けっこうへこむが、清美はへっちゃらな顔だ。
「えっ? 普通の小市民ですよ?」
「ふうん……熊、あげる」
「えっ? いいんですか? わあっ、ありがとうー!」

 どうも哀れに思ったようだ。青蘭は後部座席から熊をとりだして渡している。単純に喜んでいる清美は、なかなかの強者(つわもの)だと、龍郎は思った。

 龍郎や青蘭にとってはお化け屋敷でも、清美には懐かしの我が家だ。熊をかかえて玄関まで走っていく。
「お父さん。お母さん。ただいまー! 友達つれてきたよー」

 龍郎は青蘭が失礼なことを言わないように、あわてて一歩前を歩いて、玄関に立つ。そのとき、どこか冷んやりとした空気を感じた。なんだろうか? この空気。悪魔の匂いとも、また違う。でも、家のなかに何かがいることだけはわかった。人ではない何かだ。

 青蘭もそれを感じとったらしかった。顔をしかめて、龍郎を流し見る。龍郎がうなずくと、うなずき返してきた。

 少し待ったのち、なかから人がやってくる。五十代なかばくらいの女性だ。眼鏡を外した清美をちょっとふくよかにしたら、こんな感じだろうか。まだ夕暮れ前だが、家のなかが暗い。そのせいか、陰影が深く見えた。

「おかえり。清美。お友達もいらっしゃい。どうぞ、なかへ入ってくださいね」
「ありがとうございます。これ、つまらないものですが受けとってください」

 龍郎が買ってきた菓子を渡すと、清美の母は頭をさげた。手渡しするとき、かすかにふれた手が冷たい。だいぶ冷え性のようだ。

「お母さん! この人ね。星流おじさんの息子さんなんだって。すごいでしょ? ぐうぜん、会ったんだよ。八重咲青蘭さん。こっちは青蘭さんの友達で仕事仲間の本柳龍郎さんだよ」

 清美は興奮して話すのだが、清美の母はたいして関心もなさそうだ。
「まあまあ、玄関先でなんだから、なかへどうぞ。今、お茶を出しますからね。今夜は泊まっていかれますか? 夕ご飯、何もお出しできないけど。清美が言っといてくれたら、町に買い出しに行ったのに」
「あっ、ごめーん」

 清美と清美の母がならんで家のなかへ入っていく。玄関は土間で、上がり(がまち)から囲炉裏のある和室につながっている。典型的な東北の古民家だ。それにしても、ずいぶん家のなかが寒い。真冬だからしかたないと言えばしかたないが、家の人たちは何も思わないのだろうか? 龍郎はすぐに風邪をひきそうだ。

「お母さん。寒いよ。家のなか」
「あら、そうだった? お母さんたちは慣れてるから。じゃあ、囲炉裏に火、入れるね」
 そう言って、清美の母は囲炉裏に火を入れる。そして、湯をわかすために裏手に消えていった。
 それにしても、すきま風も通るし、よくこんなところで清美たちは暮らしているものだ。

「そう言えば、清美さんは学生? おれより年下かな?」
 龍郎は聞いてみた。

「わたし、社会人だよ? ふだんはふもとの町に一人暮らしなんだ。税理士事務所で働いてる」
「えッ? 社会人?」
「税理士事務所?」
 思わず、龍郎と青蘭の声がそろう。
 清美は得意げに丸眼鏡を指で押しあげた。
「これでも司法書士の資格、持ってるからね」
「ぜんぜん……」
 途中まで言いかけて、龍郎はあわてて口をつぐむ。だが、龍郎が遠慮したというのに、青蘭はスッパリ言いきった。
「ぜんぜん、見えない」
「そうでしょ。そうでしょ。若く見えるねって、よく言われるんだ!」

 若くというか、頼りなさげというか、オタク感満載というか。が、清美は褒められていると思っているようなので、龍郎はそっとしておくことにした。

「そうかぁ。清美さん、おれより年上なんだ。おれは今年で卒業なんだ。いくつ?」
「女性に年を聞きますか……」
「清美なんて女のうちじゃないよ」と、これはもちろん、青蘭だ。
「うう、そりゃ青蘭さんにくらべたら、たいていの美女は降参しますよ?」
「何、自分を美女のくくりにしようとしてるわけ?」
「バレましたか?」

 言いあっているところに、清美の母が盆を手に帰ってきた。湯呑みに急須の中身をそそぎながら微笑む。とても嬉しそうだ。
「清美がうちにお友達をつれてくるなんて始めてです。どうぞ、これからも清美と仲よくしてやってくださいね」
「あっ、はい。もちろんです」
 龍郎は頭をさげたが、青蘭は妙な顔つきをしている。まあ、愛の告白をすれば嘘つきと返してくる青蘭だ。そこは、いたしかたあるまい。

「ところで、清美さんのお母さん。さきほども紹介されましたが、こっちの青蘭は星流さんの息子なんですよ。星流さんのことで、ちょっとお聞きしたいんですが」

 本題を切りだすと、清美の母は腰をあげた。

「すいません。わたしは星流さんとはほとんど会ったことがないんですよ。夕食の支度をしてきますので」
 逃げるように去る。
「あっ、待って。お母さん。わたしも手伝うよ」
 清美もあとを追っていった。

 二人になると、青蘭は厳しい顔をする。
「……何か変だな。この家。何がとは言えないけど」

 じわじわと違和感が積もっていく。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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