架け橋 その三

文字数 2,066文字



 あきらかに、サンダリンは龍郎と青蘭の存在を認めた。そして、害するために捕まえようとしている。

 それはそうだ。サンダリンにとっては、龍郎も青蘭も憎い敵だ。彼の翼を片方ずつ、もぎとっていった相手なのだから。

 龍郎は青蘭の前に立ち、神剣をかまえた。今度こそ守ってみせる。目の前で恋人を喰われるなんてこと、もう二度とゴメンだ。

 だが、そのときだ。
 中央の塔近くから、もう一つの巨大な何かが現れた。
 見ているうちに大きくなって、サンダリンに突進していく。

 女王だ。
 巨体のサンダリンをひきとめることは、もはや普通の戦闘天使にはできない。この巣のなかでそれができるのは、同じ体格の女王しかいない。

「女王がサンダリンをなだめにきたかな」
「なだめるなんて生やさしいものじゃなさそうだけど?」

 青蘭の言うとおりだ。
 女王はいきなり、しがみつくと、その勢いで、サンダリンの首にかみついた。緑色の血がしぶいて、あふれる。サンダリンの口から悲鳴があがる。

 女王はサンダリンをひきとめに来たわけじゃない。殺しにきたのだ。
 サンダリンの肉を食いちぎると、両手で首をしめる。

 サンダリンは抵抗した。
 女王の手をはらいのけ、つきとばす。
 しかし、サンダリンは昨日から大量の血を流し、傷ついている。急激な身体の変化も彼から体力を奪っているようだ。動きが鈍い。力も思うように入らないふうだ。

 それを見て、龍郎は言った。
「サンダリンに加勢しよう」
「サンダリンは敵だよ。女王がいなくなったら、今度はこっちを襲ってくる」
「そうだけど、女王を倒せるかもしれない。チャンスは利用しないと」

 話していると、サンダリンが女王になげとばされた。巨体が子どもたちの塔に、まともに衝突する。塔がゆれて、上半分が傾いた。どこかにヒビが入ったらしい。

 龍郎と青蘭はななめになった床の上を、ズルズルとすべる。

「青蘭!」
「龍郎さん——」

 ここまで来て、こんなところで、青蘭を失うわけにはいかない。
 すべり落ちながら、龍郎は青蘭の腕をつかんだ。

 女王は怒りに目がくらんでいるのか、塔が破壊されても、サンダリンへの攻撃をやめない。
 倒れているサンダリンの首をつかみ、何度も塔の外壁に頭を打ちつけた。
 そのたびに塔はグラグラと揺れる。

 ついに、何度めかの振動で、塔が崩れた。二つに折れ、上部が暗闇のなかへ落下していく。

 塔の屋上にいた龍郎たちは、とうぜん、それにともなって空中になげだされた。抱きあいながら落ちていく。

 いくら霊体でも、数十メートルの高さから落下すれば、追突の衝撃で失神してしまうだろうか?
 いや、それよりも青蘭は生身だ。
 この高さから落ちて、無事ではいられない。

(くそッ。せっかく、ここまで来たのに……)

 龍郎が視線を送ると、青蘭は微笑む。
 龍郎といっしょなら、死んでもいい——瞳がそう語っている。

 悲しい気持ちで、青蘭の体を抱きしめる腕に力をこめたときだ。
 急に落下の速度がゆるくなった。ふわりと体が軽くなる。

「手を焼かせないで。今がチャンスよ。早く、わたしとの約束を果たしてちょうだい」

 ルリムだ。
 ルリムは大きく羽ばたき、龍郎と青蘭を地面におろした。龍郎は精神体だから、重さは見ためほどないのだろう。

「ありがとう」
「お礼なんていいから、早く」

 まだ子どもたちの塔の魔法媒体を壊していなかったが、しかたない。媒体の乗った台座は、サンダリンと女王が組みあう、ちょうど、まっただなかの床の上に落ちてしまった。位置的に龍郎たちの場所からは、女王とサンダリンの奥だ。あれでは近寄れない。

「一の世界で、おれの攻撃はわずかだけど、女王に効いた。魔法媒体が半分になった今なら、以前よりも与えるダメージが強いかもしれない」

 サンダリンが女王の気をひきつけてくれている今なら、すきをうかがって近づくことができる。
 さらに運がよければ、そのまま女王とサンダリンのあいだを通りぬけ、落ちた魔法媒体のところへ行けるだろう。

「よし。行くよ。青蘭は——」
「もちろん、いっしょに行く」
「……わかった」

 ルリムは肩をすくめる。
「わたしは遠くから見てるわ」

「ああ。いいよ。それにしても、なんでサンダリンは暴れてるんだ?」

「さあ。知らない。あなたたちの感覚で一時間くらい前。わたしと手を組まないかって話を持ちかけてみたの。でも断って、どっかへ行ってしまった。たぶん、あのあと、女王の塔へ行ったんだと思うのよね」
「なるほど」

 女王と仲たがいしたということだろうか?

 とにかく行ってみる。
 青蘭とともに、物陰を利用しながら女王たちに近づいていった。あたりには戦闘天使の死体がゴロゴロ転がっている。龍郎も青蘭もパイプの武器をひろう。

「これで攻撃手段が確保できた。青蘭は、もしできそうなら、女王たちのあいだをすりぬけて、魔法媒体を壊しに行ってくれないか」
「龍郎さんは?」
「サンダリンに加勢する」
「……わかった。でも、龍郎さん。気をつけて」
「もちろんだ。青蘭もムチャはするな」
「うん」

 二手にわかれて、龍郎たちは走りだした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み