青蘭回帰 その一

文字数 2,266文字



 五の世界が壊滅した瞬間、あたりが真っ暗になった。まるで電気のスイッチを切ったように、フッと世界が消えた。

 意識が漂うような感覚のあと、気がつくと、龍郎は暗闇にいた。一瞬、瓦解した世界の虚無のなかを浮遊しているのかと思ったが、どうも違う。

 床に寝かされているようだ。
 いや、床にしては柔らかい。
 よく見ると、四方の塔の個室のなかだ。頭に夢を見せる機械につなぐための特殊な冠をかぶされている。

(ここは……?)

 たぶん、幽閉の塔のなかだ。
 夢を見せられていたのだろう。
 五の世界に最初に来たときと同じ状況である。

(たしか、四の世界でサンダリンと戦ったあと捕まって、それで……次の日には五の世界に行ってたんだ。ということは、ここは五の世界に移る前の四の世界ってことか?)

 四の世界で捕まったあとということだろう。

 龍郎は器具をはらいのけ、とびおきた。
 ここが四の世界なら急がなければ。
 今のうちなら、戦闘天使が配備されていない。

 それに、青蘭が賢者の塔で待っているんじゃないかと思う。最初に四の世界を訪れたときは、まだ青蘭はさらわれていなかった。しかし、あのあと、つれてこられたとすれば、今ごろは螺旋の巣のどこかにいる。

 五の世界で、青蘭は賢者の塔に隠れていた。もしも、いるとしたら、そこだと思った。

 窓から外をのぞくと、すでに王女の塔、賢者の塔に続き、子どもたちの塔の屋上も崩れていた。

 世界と世界のつながりが、どこまで影響しあっているのか、けっきょくよくわからないが、となりあう世界は相互干渉が起こるようだ。あるいは、サンダリンの強い思いが七つの世界すべてで重なったのだろうか。

(残るは幽閉の塔の魔法媒体だけだ。でも、あれも神父に任せればいい。五の世界のことが影響してるなら、すでに神父が媒体を破壊しに向かっているはずだ)

 龍郎は急いだ。
 幽閉の塔をぬけだすと、賢者の塔をめざす。

 螺旋の巣は薄気味悪いほど静かだ。
 見まわりの戦闘天使の姿さえ見えない。

 ここでのサンダリンはどうしたのだろうか?
 もし、ここでも五の世界と同じことが起こるなら、そろそろ彼が暴走しだすころなのだが。

 しかし、邪魔者がいないのは助かる。
 賢者の塔のなかを歩きまわっていると、上部に近い個室から、青蘭の顔がのぞいた。

 五の世界で起きざりにしてしまった青蘭。もう一度、迎えにくることができたのだ。そう思うと、胸が熱くなる。

「龍郎さん」
「青蘭」

 おずおずと部屋から出てくる青蘭を抱きしめる。

「待たせて、ごめん」
「龍郎さんなら、きっと来てくれると思ってた」
「うん。もう離さないよ」

 四の世界の青蘭は生きていた。
 自力で逃げだし、龍郎を待っていてくれた。

「五の世界の青蘭は、どうなったんだろう?」
「僕と重なったよ。五の世界の僕も。六の世界の僕も。僕らはもともと一つの存在だ」
「そうだね。じゃあ、このあと何が起こるか知ってるよね?」
「うん。サンダリンが暴れだす」
「おれたちはサンダリンに加勢しながら、女王を倒そう。フレデリック神父が幽閉の塔の媒体を壊す瞬間を狙うんだ」
「うん」

 塔の外に出ようとしている途中で、咆哮があがった。地面も揺れる。

「始まった!」

 塔が傾いて、スロープを描く通路に立っていられなくなった。よろめくとそのままズルズルすべりおちていく。

「ウォータースライダーみたいだね」
「知らない。何それ」
「そうか。青蘭、プールなんて行ったことないよね。現実の世界に戻ったら、いろんなとこへ行こう」

 そして、たくさん思い出を作ろう。
 これまでできなかったことを、たくさん、たくさん経験して、二人の共有するものを増やしていこうと、龍郎は場違いに思った。

 転がりながら出入口のところまで下りていく。
 外では、サンダリンが泣きながら女王の腕のなかに倒れこんでいる。もう瞳に生気がない。

 幽閉の塔のてっぺんを見ると、神父が立っていた。あのパイプを媒体に向けている。銀色の光が一直線に伸びる。

「今だ!」

 龍郎は青蘭とともに、女王の足元へ駆けよった。右手に力をこめると、神剣が現れる。冷たく澄んだ青い刀身を女王のかかとに叩きこむと、気持ちいいほどスルスルと裂けた。

 ギャアッと悲鳴がもれ、女王は倒れた。片足の足首から先が切断されている。その切りくちから青い炎が燃えあがり、女王の巨躯は朽ちていった。

 四の世界は滅んだ。

 そして、また暗転。
 宇宙になげだされたような浮遊感ののち、龍郎は目をさます。

 目の前に女王が立っている。
 今まさに、指先に挟んだ青蘭を飲みこんだところだ。
 口中から喉元へと、快楽の玉の発する蛍のような光が、女王の皮膚を通して透けてみえる。

 忘れもしない。
 これは、三の世界だ。
 三の世界の続きにやってきたのだ。

「青蘭——ッ!」

 龍郎は駆けだした。
 自分でも信じられないほどの力が右手から湧きだしてくる。

 女王のつまさきに(こぶし)を叩きこむと、一瞬でそこに穴があいた。肉の焼けこげる匂いがたちこめる。

 悶え苦しんで倒れる女王の胸に青い光がある。青蘭だ。そこに、青蘭がいる。

(まだいる。青蘭はそこにいる!)

 龍郎はその光に自分の右手をかさねた。

 苦痛の玉。快楽の玉。
 二つの石が呼応しあう。

 脈拍が一つに溶けあった瞬間、女王の胸が弾け、そこから、ズルリと青蘭の体が流れおちてくる。ヌメヌメした粘膜に覆われてはいたが、無傷だ。抱きよせると、ちゃんと鼓動もあった。

「生きてた……よかった。青蘭!」

 熱い涙がほとばしり、したたりおちるのを、龍郎は止めることができなかった。
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登場人物紹介

 本柳龍郎《もとやなぎ たつろう》


 このシリーズの主人公。二十二歳。

 容姿は本編中では一度も明記されていないが、ふつうの黒髪、ノーマルな髪型、色白でもなく黒すぎもしない平均的な日本人の肌色、黒い瞳。身長は百八十センチ以上。足は長い。一般人にしては、かなりのイケメンと思われる。

 正義感の強い爽やか好青年。とにかく頑張る。子どもや弱者に優しい。いちおう、青蘭に雇われた助手。

 二十歳のとき祖母から貰った玉が右手のなかに入ってしまった。それが苦痛の玉と呼ばれる賢者の石の一方で、悪魔に苦痛を与え、滅する力を持つ。なので、右手で霊や悪魔にふれると浄化することができる。

 八重咲青蘭《やえざき せいら》


 龍郎を怪異の世界に呼び入れた張本人。二十歳。純白の肌に前髪長めの黒髪。黒い瞳だが光に透けて瑠璃色に見える。悪魔も虜にする絶世の美貌。

 謎めいた美青年で暗い過去を持つが、じつはその正体は……第三部『天使と悪魔』にて明かされています。

 アスモデウス、アンドロマリウスという二柱の魔王に取り憑かれており、体内に快楽の玉を宿す。快楽の玉は悪魔を惹きつけ快楽を与える。そのため、つねに悪魔を呼びよせる困った体質。龍郎の苦痛の玉と対になっていて共鳴する。二つがそろうと何かが起こるらしい。

 セオドア・フレデリック


 第二部より登場。

 青蘭の父、八重咲星流《やえざき せいる》のかつてのバディ。三十代なかば。銀髪グリーンの瞳のイケメン。職業はエクソシスト専門の神父。第五部『白と黒』にて少年期の思い出が明らかに。

 遊佐清美《ゆさ きよみ》


 第二部より登場。

 青蘭の従姉妹。年齢不詳(たぶんアラサー)。

 メガネをかけたオタク腐女子。龍郎と青蘭を妄想のオカズに。子どものころから予知夢を見るなどの一面も。第二部の『家守』で家族について詳しく語られ、おばあちゃんが何やら不吉な予言めいたことを……。

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