第115話 ユーカリの樹 23

文字数 899文字


「みのるは、何をいうんや?」
 達也がまたすぐに口を開いた。
 一瞬まごついた。
 何をいうかを、まだ決めていなかった。
「わからへん」
 いくつもの言いたいことが、同時に思い浮かんできて、その中からひとつを選び出すのは難しい。。
 土管に入ると中は、コンクリートの臭いがツンと鼻をさし、風が吹き向けると、身体の熱が奪われてひんやりとする。
 真ん中に進んだ稔は、ようやく、「いってやる」と薄暗がりの中に囁きこんだ。
「華房なんか、嫌いやぁ。大嫌いやあぁ」
 叫んだ声が色んな所から聴こえてきて、増井がいっていたように稔の身体に降り注ぐ。
 ゆっくりと外に出ると、気持ちがすうっと晴れていた。

「みのるは、華房さんはすごいとか、天才やいうてたのにな」
 達也が、からかうように言葉を投げてきたが平気だ。
「いまも、華房さんにはかなわへんと思ってるわ』
 稔は初めて華房の持っているすべてに、はっきりと敵意を感じていた。
 華房に対して「嫉妬」していると思われたくなかったから、敵意を抱いていることを認めたくなかったのだ。

「達ちゃんは、始めは嫌いやったけど、今は好きになってるんやろ」
『おれは元から、華房さんがうらやましいとか、みのるにたいに、華房さんのようになりたいなんて思てへんわ』
「それは、なんでや?」
 増井が訊いた。
「おれが、華房さんになってもしゃあないやん」
「どうしてや?」
 今度は、稔が訊いた。
「おれは、おれやもん」
 そういう達也が、稔には眩しく見える。

「今度、華房さんに会ったら、面と向ってはっきりいってやるわ」 
 その時、どういうことになるかわからないが、稔の顔にはふっと微笑が浮んだ。
 横の達也もそれに答えるかのようににっこりした。
「みのるは危険な男やな」
「無理せんでもええ。わざわざいう必用はないやろ」
 増井が心配そうにしている。
「みのるは、こういうヤツやねん。バカ正直なんや」
「バカは余計やろ」

「みのるくんは、バカやない」
 雪子が達也の脇腹に頭突きをした。
「痛っ!」
 脇腹を押さえて達也が座り込んだ。
「ゆきこもみのるに似てきて、危険な女になったわ」
 雪子がニカッと笑った。


 ユーカリの樹 24 に続く。


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