132 教室に入ると、権田俊輔が待ち構えていた。

文字数 1,382文字


 教室に入ると、権田俊輔が待ち構えていた。
 ぼくの作品を木っ端微塵にする気満々みたいに思えた。

 権田俊輔に初めて会ったのは、『樹木』在特号の選考会だった。
 入学してまだ五ヵ月なのに、Sチューターがぼくに「選考委員をやりなさい。いい経験になるわ」と背中を叩いたんだ。

 Sチューターに心酔していたぼくは、「わかりました」と喜んで従った。
 選考委員になったことを忘れていたころに、ぶ厚い大判の封筒が送られてきた。

 なかに入っていた二十枚から応募規定枚数の百枚までの十作品、『夜の向こう』『損のひと』『砂のコヨーテ』『人間無頼』『沖合いに向かって』『向こうの岸』『しっぽの刑』『魔界線』『二秒の命』『手荷物』を読んで、レベルの違いを思い知った。二次選考に残っただけあって、それぞれ色合いは違うが力作揃いだった。
 純文学系が多かったが、ファンタジー、医療ミステリー、時代小説と多ジャンルの作品を短期間に集中して読み込まないといけない。
 何度も読み返して、Sチューターが、「いい経験になるわ」と言った意味がわかった気がした。

 推敲を重ねているので、まず誤字脱字が少ない。
 テーマとか描写とかをいう以前のことになるんだけれども、文章が正確に書かれている。
 クセのある文体も考え抜かれていた。

 文学学校で行われる選考会には、六人の選考委員が自分の推す四作品を持って集まるということだった。
 やっとの思いで、『夜の向こう』『砂のコヨーテ』『人間無頼』『向こうの岸』の四作品を選んだ。

 選考会に出席して驚いたのは、みんな『樹木』に掲載した実績のある人たちだった。
 センスのいい服装の三十代ぐらいの女性も、四十代の二人の男性、ぼくと同じ六十代の男性、そして年配の女性も自己紹介は、「『樹木』○年○月号に掲載された○○です」から始まった。
 そのなかで「入学して五ヵ月です」と本当のことだから仕方なく言ったんだ。
 しらーっとした空気が流れたのは、しかたがないよな。

 六人がそれぞれ選んで来た作品を発表して、過半数に達した作品について検討するということだ。
 まず、学生委員長が、「今回はページに余裕があるので、ページ数の制限もあるけど五作品を選んでください」と発言した。
 しかし、「芥川賞にも該当作が無いことがある。レベルの低い作品は選ぶべきではない」と反論したのが権田俊輔だった。

 えっ!
 この人、なにをいっているんだろう? 
 ぼくはまじまじと、斜め前に座っていた権田俊輔の顔を見つめてしまった。
 ぼくと同年配の権田俊輔は、古い松竹映画に出てくる俳優みたいな苦み走った顔をしている。 
 髪の毛も白髪で薄いぼくと違って染めているのかもしれないが、黒くてふさふさとしていた。

 賛同する声があがって、六人の選考委員の中で、違和感を覚えたのはぼくだけみたいだった。 
 思わず「ぼくたちは、そんなに偉いんですか」と言って場をシラケさせてしまった。
 文学学校に入って五ヵ月のお前とは、格が違うのだと無言の圧力が押し寄せてくる。

 でも、ぼくは「作品に瑕疵があるにしても、掲載スペースがあるのなら、一作でも多く載せたほうがいい」と言い張った。
 権田俊輔は「選ぶ責任がある」と言い切り、ぼくたちの議論に嫌気がさしたのか、他の人たちの「どちらでもいいから早く始めましょう」という言葉に、また驚いてしまった。

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