134 ここで、権田俊輔が

文字数 1,051文字


 ここで、権田俊輔が「残りの掲載ページ数を確認したほうがいい」と言い出した。
 あれ、おかしいな?
 と、ぼくは思ったんだ。
 もちろん掲載できるページ数と、四作品のページ数を見比べるのは、合理的な判断だ。

 でも、「レベルの低い作品は選ぶべきではない」と言ったじゃないか!
 そのことで、ぼくも熱くなってものすごく消耗した。
 あれは全く無駄にエネルギーを使っただけなのか、それとも、レベルの低い作品って、『人間無頼』のことだったのかな。

 学生委員長に確認した結果、残りページは八十数ページとのこと。
 百枚の『魔界線』はページオーバーで落選、二十枚の『沖合いに向かって』は掲載決定となった。
 皮肉なことに、権田俊輔が推す六十枚の『損のひと』と、ぼくが推す五十枚の『向こうの岸』のどちらかを選ぶことになったのだ。

 全員が推す理由、推さない理由を述べて、最終的に多数決で決めることになった。
『損のひと』 
 五十年前の記憶の路地に、足を踏み入れる主人公。
 そこで、中学時代の自分を見つめなおす。
 この中学一年生の少女は、物語が始まる前の日常が見えないほどに幼い。
 ピュアとは違う幼さだ。
 差別と偏見に気づいてからも、知識が成長につながらない。
 読みやすい文章だが、細々と描いている日常が立ち上がってこない。
 窓ガラスを通して観ているようなもどかしさを感じた。
 せめてガラスに爪をたてて、ひっ掻く登場人物がいれば心に残ることもあったのにと残念に思った。
 友情・別れ・差別・偏見が描かれているが、新しい切り口を読み取ることが出来なかった。
 過去は現在の自分を照射する。問題は何をどう受け止めるかだ。
 主人公は受け止めることもなく、今も五十年前を彷徨っている。

 権田俊輔は、「差別をテーマにして描いた作品なのは評価できる」と言い、ぼくは単に「私は差別をしていませんというアリバイ小説になっている」と応じた。

『向こうの岸』
 端正な文章で、場面が浮き上がってくる。
 登場人物の生活が見える。
「沈めても沈めても浮かんでくる空の瓶のように、それは私の心の暗い海を漂っていた」
「俺、時々自分が見えてないんじゃないかと思うことがあるんですよ」
 主人公の女性と年下の恋人のキャラクターが立ち上がる。

 しかし、認知症の母親を置き去りにする物語なので、「こんな作品は許せない」と年配の婦人が強く否定したので、『損のひと』の掲載となった。  

 権田俊輔が勝ち誇ったような顔を向けてきたので、『向こうの岸』を推しきれなかったことが悔しかった。

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