第114話 ユーカリの樹 22

文字数 1,144文字


「レーニンはんの言葉に『嵐は強い樹を作る』というのがあるんや」
 増井がいうと、達也が「みのるの描いた絵は、嵐で倒れてるで」と混ぜ返す。
「この絵のユーカリは嵐に負けてしもたけど、それも人生や。レーニンはんのいいたいことは、どんな樹も、若い頃に嵐に打たれることでしっかりと大地に根を張って強い樹になるってことや」
「あっ、ひこうきぐもや」
 増井を見上げていた雪子が、腕をのばして空を指した。
「ほんまや、一直線やな。スピード出してるみたいやな」
 稔も顔を上げると、青い空に飛行機雲が長く白い線を曳いていた。
 増井は、空を見ていた顔を戻して続ける。
「この嵐は風やなくて、辛いことや思いどおりに物事が運ばんこともあるやろけど、頑張ろうってことや」
「ええこと、思いついたわ。土管の中で思ってることをいったらええんや」
 達也が口出しをして、増井の言葉の邪魔をした。
「そんなんいやや、誰かに聞かれてしまうやろ」
 稔も達也の言葉に応じた。
「当たり前や。聞いてもらうためにいうんや」
「ええかもしれへんな。腹の中に貯めてるより、吐き出したほうがすっきりするわ」
 意外にも、話しの腰を折られた増井が賛成をした。
 稔は反対しても無駄だと思って、付き合うことにした。
「たかし兄ちゃんにもあるんか?」
「もちろんや。いっぱいあるわ」
「そしたら、最初にいったらええわ」
 達也が勧めた。
「ほな、そうするか」
 増井が持っていた画板を稔に返してから、腰をかがめて土管に入って行った。
「何をいうんかな」
 稔は興味津々で土管を見つめた。
「やっぱり、あんぽ反対やろな」
 耳元で達也がささやく。
 しばらくすると、増井の声が響いた。
「クソババア、買い物ぐらい自分でいけぇ!」
 稔はびっくりして達也と目を合せた。
 増井の母親は、増井がデモで警察に捕まってから、世間に顔向けが出来ないといって、家からでてこなくなったのだ。
 その母親の面倒を一生懸命に見ているのに、こんなことを考えていたのか……。
「土管の中やと、自分の声がガンガン響いて、身体の中に入ってくるようや」
 増井は照れくさそうにいった。

「ゆきこもいいたいわ」
 そういうと、雪子がすぐに土管に入った。
「お姉ちゃんより、きれいになりたいぃ」
「あれが、ゆきこの女こころや」
 達也がしたり顔でいう。

 雪子が出てくると、達也が入って行く。
 すぐに大きな声が聴こえて来た。
「飛行機の運転手になりたいわぁ」
 達也はバスの運転手になりたいといっていたのに、いつから飛行機に変わったのかは知らない。
 稔は土管から出て来た達也に、「さっき、飛行機雲を見たから思ったんか?」と訊いた。
「次はみのるの番やで」
 少し恥ずかしそうな顔になっている達也が、急かすようにいった。
  
 
 ユーカリの樹 23 に続く。

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