138 尾之上クラスの組会に初めて出た時に

文字数 1,192文字


 尾之上クラスの組会に初めて出た時に感じたことは、自由過ぎるんじゃないかなということだった。
 チューターはあまり発言しなくて、主に権田俊輔が仕切っていた。
 批評する順番は決まっているのだが、発言している途中で、「それは違うんじゃないか」と権田俊輔が口を挟み何人かで議論が始まる。

 Sチューターのクラスでは考えられないことだった。
 Sチューターが、完全に場を仕切り雑談は許されない。
 作品の批評も、作者を傷つけるような発言があると、「それは、作品の批評になっていません」とピシャリと止めるのだ。

 ぼくたちはチューターの講義を受け、Sメソッドを叩きこまれる。
 初級科と専科の違いなのかとも思ったが、どうもよくわからない。
 しかし、戸惑っていたのも最初の内で、ぼくは戦闘モードでフリートークに加わっていった。  
 困ったことは、Sストッパーがないので、つい言い過ぎてしまうことだ。

 だから、権田俊輔と数々の舌戦を繰り広げた。
 ぼくは権威と協調をなによりも嫌っていたし、クラスの中にはそれがなによりも必要だと信じている者もいた。
 しばしば権田俊輔以外の者たちともバトルを繰り返していたぼくは、クラスから完全に浮き上がった存在となっていた。

「空の匂い」は、幼い兄弟と少女が、夜の講演で出逢う物語だ。
 小学一年生の弟が、シングルマザーの大切なテニスボールを持ち出して公園で遊んでいると、友だちに隣接している墓地へ投げ込まれたが、夕方だったので怖くてそのまま家にかえってしまった。
 そのテニスボールを小学四年生の兄と一緒に探しにきたのだ。
 少女は、祖母のお墓参りにきていたのだけれど、離婚をする両親の元から逃げ出して講演に戻って来た。
 墓地の中に椿の花が咲いている。
「おばあちゃんは、椿を空の匂いだといっていた」
 少女と、兄弟の一瞬の交わりを描こうとした作品だ。
 
 組会の合評が始まり、『空の匂い』は集中砲火に晒された。
「わかりにくかった。背景が隠されている」
「主語が省略されすぎ。誰のセリフかわかりにくい」
「素直なハッキリとした文章にして欲しい」
「ワクワクして読み始めたが、読み終わると何の話かわからなかった」
「作者の思いが伝わりきれていない。消化不良」
「内容が理解出来ない。意味不明」
 ……意味不明だって?
 そんな小さな声で言われたって、それこそ意味不明でわからないだろ。
 でも、なんたってつらいのは適当に読まれることだな。
 そんなヤツに限って「面白かった」なんていうんだよ。
 読んでいないのに平気で口にするだろ。
 だから、あんまりわかりきった批評は、こっちがつまんないとスルーすればいいのだ。
 しかし、そう思っていても小さなトゲが何本も突き刺さるものだから、噛みしめている口から溜め息が漏れ出てくる。

 なぁに、まだ平気だ。
 でも……、まだ権田俊輔が控えている。
 いやになってしまうよなぁ。

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