第95話 ユーカリの樹 3

文字数 1,914文字


 昇降口のそばにある足洗い場で、筆とパレットを洗っていると華房が出て来た。後ろに数人の生徒を従えている。小百合と大宮の姿もあった。
「あれ、華房さん、なんで学校へきてるんや?」
「集まって、先生たちの点数をつける基準を相談していたんだ」
「二学期の始めに、また生徒会に提案するのよ」
 小百合が横から説明を加えた。
 その後ろにいる大宮が睨みつけているので、稔は敬語を使っていなかったことに気が付いた。
 華房は足洗い場の上に置いてある、稔の画板を手に取った。
「ユニークな絵だな。ユーカリはこの学校のシンボルだから、みんな立派に描こうとするけど、浦山くんは違うな」
「やっぱり、変わっているんかな、ぼくは?」
「変わっているとか、変わっていないとか気にしなくていい。これは、絵として面白い」
「おおきに」
 稔は嬉しくてつい口に出した。
 大宮がいるので「ありがとうございます」といわないといけなかった。
 ちらっと大宮を見ると、やはり怒った顔をしている。
「植野くんじゃなくて、長沢くんと一緒に来たのか?」
 華房が、竹登りのところで遊んでいる長沢と雪子に目を向けている。
「ちょっと、達ちゃんとケンカをして……、しました」
 すぐ、敬語にいい直した。
「珍しいわね。どんなことでケンカするの?」
「それは、ちょっと……」
 明美さんのことが原因なのでいえない。
「長沢くんには、気を許さないことだな」
「うん、わかってます」
「浦山くんは、わかっていても遊べるのか?」
「ええとこもある……、ありますから」
 ここでも、敬語にいい直すと、大宮が満足そうにうなづいた。
「そういう考えかたをするんんだな」
 華房が感心したようにいった。
「浦山くんは、食べる物は好き嫌いが激しいのに、博愛主義なのね」
 小百合が褒めたのだが、稔は反発した。
「主義とかとちがう。勝手にぼくのことを決めつけんといて欲しいわ」
「やはり、浦山くんは興味深いな。面白い人間が描くから、面白い絵になるんだな」
「ぼくは変わり者なんかな?」
「きみは、変わり者だといわれるのが、よほど嫌なんだな」
「……」
 稔の変わり者のイメージは父親の寛之だった。寛之みたいにはなりたくないと思っているのだ。
「浦山くんは、この学校一の変わり者だわ」
 小百合がいうと、華房が白い歯を見せた。その後ろで大宮が声を出して笑った。

 稔が竹登りのところへ行くと、雪子が長沢に尻を持ち上げられて、竹に抱き付いている。
「足の裏で挟むんや。それが出来たら竹は登れるからな」
 いくら腕力があっても、足使いが出来ないと、上を目指して進むことが出来ない。
 長沢がコツを教えているのだが、竹は雪子の手では掴みきれないぐらい太い。それに、つるつるしているので、素足で抱き付いても滑るのだ。
「雪子には、まだ無理やな」
 そういって長沢が手を離すと、雪子はずるずると地面まで落ちた。
 稔は画板と絵具セットを、花壇のブロックに置いた。
「ゆきこより小さいサルも登ってるで」
「みのるくん、上まで登ってみて」
 雪子が尻もちをついたままでいった。
「手本をみせたるわ」
 裸足になった稔は、両手を上げて竹を掴むと地面を蹴った。
 足で竹を挟んでから手を上に伸ばすと、絡めた両足を動かしてスイスイと登って行った。
 天辺に着くと空を見上げた。
 くっきりと浮かんでいる白い雲に近づいた気がする。
 巨木なユーカリの樹も、身近に感じることが出来る。
 稔は大きく息を吸ってから、横の竹に移った。
 両手を離して下に向かって手を振る。
「カッコええわ!」
 座ったままの雪子が、パチパチパチと拍手をしている。
 竹を挟んでいる足の力を少し抜いて、スルスルと下りた。
「ゆきこ、おサルさんになるわ」
 立ち上がった雪子が、また竹に抱き付いた。

 それから、稔は雪子と校庭を裸足で走った。
 長沢は自転車で追いかけたり、前をゆっくりと横切ったりして遊んでいる。
 裸足で競技をする運動会は、数日前から校庭の小石を拾い集めるのだが、いまは足の裏が痛い。それでも夢中で雪子が、広い校庭を駈け回った。
 三人でユーカリの樹の陰で休んでいると、ハアハアと荒い息をしている雪子が笑顔を向けた。
「お姉ちゃんといっしょやったら、おもいきりはしられへんかった」
 そういってから、また走りだした。
 その後ろ姿を見ながら長沢がいった。
「ゆきこも気を遣ってるんやな。ほんまに仲がいい姉妹や」
 稔は一人っ子の自分を寂しく感じた。
 この気持ちは、姉がいる横にいる長沢や小百合や達也にはわからないだろう。
 同じ一人っ子の華房には理解してもらえるはずだ。
 そんなところにも、華房に惹かれる理由があるのかなと思った。


 ユーカリの樹 4 に続く。

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