122 『いびつな夏の月』 柴咲島弧(トーコ) 評 4  

文字数 1,489文字


 柴咲さん、浦山です。

『いびつな夏の月』評、ありがとうございます。
 トーコさんに読み解いてもらった作品の内容が素晴らしくて、ぼくが書いた小説ではないように思えます。
 きっと、無駄な枝葉が多いのでしょうね。
 改めて読み直します。

 増井は五年前の作品には存在していませんでした。
 明美が稔のゲロをギョウザに入れて食べることに、どのような意味があるのかを説明するために、書き加えました。
 それだけに、小説の中で浮いていないかと心配していましたが、トーコさんの評で、うまく溶け込んでいることが分かって、胸を撫でおろしています。

>ところで、この小説では、もう一つ大きな不安な影が全体に覆いかぶさっているのが読み取れます。明美から見れば、稔の家はうらやましい「日向もん」の家族ですが、稔の父は、仕事が終わって帰ってくると、毎日仁王像を掘り続けて、妻の文江と息子の稔を無視しています。

 読み取ってもらえてうれしいです。

 実は、ぼくが描きたいテーマは父と子なんですが、しっかりと描き切れていません。
 これからの課題です。
 
>「金タライ」という言葉は、「金盥(カナダライ)」のほうがいいのでは
指摘されて、「金タライ」に違和感を覚えました。修正します。

>「たじろぐというのではないが」は、稔の言葉としては、ちょっと大人っぽい、と思いました。稔の言葉ではなく、作者の目、言葉のように感じます
その通りですね。

 若い友人からも、次のような指摘がありました。
>心情表現を描写しているようにみえて、読者にわかりやすく説明してくれている場所が散見された。
 表現の鋭さが勝負の世界で、鈍るような安易な説明をはさみ、わかりやすさを優先するのであれば、大衆向けの賞に応募したほうがよい。

 描写と説明は、いつも悩みながら書いています。

 他の2点も修正します。

 応募締切まで、あと10日間。
 トーコさんの評を読み込んで、少しでも完成度を高めていきたいと思っています。
 ありがとうございました。
 浦山稔


 浦山さん
 私が読み解いた作品の内容が素晴らしいのは、
 浦山さんが書いた作品が素晴らしいからです。
 浦山さんの文章の引用で、作品の面白さが伝わりますね。

 稔のゲロをギョウザに入れて食べる場面は、私は稔と同じように、
 私はギョッとして、引いてしまいましたが、「爪の赤を煎じて飲む」
 という明美の言い方と増井青年の受けとめ方とを関連させているのですね。
 そうとは思わず、ただ稔の言うことに向かいあってきちんと
 受け止めてくれる、近所の青年の存在はありがたいと思いました。
 それも、稔にも分かる言葉遣いと落語風の表現がいいと。

 父と子がテーマというのはよく分かりましたよ。
 特に息子は父を乗り越えていかなきゃならない。
 しかし、この小説の面白さは、父的な存在が、周りの人々の中にいる、ということの発見でした。
 悪の金田だって、照代の旦那の後藤だって、ヒモのような弟の幸夫だって、それぞれ個性的な
大人から、稔は確かに学ぶことができます。
 性別にかかわりなく、照代だって、ネズミに心を食われることで、餓鬼になる、と餓鬼にならないように気をつけろ、というふうに、人が生きる上で大事な点を教えています。

 つまり、こういう大人たちの言葉によって、稔は今はまだ十分に理解できないとしても、
考え続けるきっかけを得ることができると思いました。

 描写と説明は難しい、でも、浦山さんの小説の場合、説明は少なく、
描写がみごとだと思います。

 締め切りまで、頑張ってください。
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