第99話 ユーカリの樹 7
文字数 1,542文字
*
「ぼく、華房さんとこへ行ってくるわ」
「ゆきこもいきたい」
雪子を連れて行くには、律子の許可がいる。
稔は迷った。
「ゆきこ、なにをしはったかみてたもん」
「わかった。一緒に連れていくわ」
「たたかいにいくんやから、まえみたいにおこのみやきをたべていきたいわ」
四月に華房の家へ行った時は、腹がへっては戦(いくさ)がでけへんといって、バス通りの駄菓子屋でお好み焼きを食べたのだ。
「いま、お金を持ってへん」
歩き始めると雪子が稔の手を握った。
「ケーキ、たべられるかな?」
「今日も約束してへんから無理や」
「きょういってから、あしたくるゆうたらええやん」
雪子はどうしてもケーキを食べたいみたいだ。
もしかすると、華房のことだから行くことがわかっているかもしれないと稔は思った。
*
お屋敷通りに入ると、以前とは違ってなんだかいびつな感情が混ざってるような気になった。
住みたいとは思わなかった大きな屋敷に、住むことが出来ないとわかったからなのだろう。
華房の家は、何度見ても要塞のように思える。
通用口の呼び鈴は雪子が推した。
着物姿の春香が、にこやかに出迎えた。
「あら、あら、あら。いらっしゃい。お母さまはお元気かしら」
「はい、元気でいつもぼくを怒ってます」
「あら、あら、それは大変ね」
「華房さんは、ぼくが来るようなこと、いってへんでしたか?」
「あら、どうだったかしら」
春香は笑顔を見せるだけで、あいまいな返事しか返してこなかった。
応接間ではなくて、華房の部屋に通された。
稔が華房に訪ねて来た理由をいった。
「あれは、『毎朝こども新聞』の記者だ。交換会の取材で行ったんだ」
華房は、普通の新聞の半分ほどの大きさの『毎朝小学生新聞』を目の前に置いた。
大人が読む新聞を、小学生向けに分かりやすくまとめた記事や特集が掲載してある他に、全国各地の学校行事や課外活動や学習に関する話題や解説が書いてあると説明をした。
稔が手に取ると、八ページぐらいあった。
「読者の投稿欄コーナーに手紙を送ったんだ」
興味を持った記者が取材をしに来たのだといった。
「交換会が、オモチャを交換するだけではなくて、実際に勉強するための役に立っていることを書いてもらうためだ」
「でも、律ちゃんもゆきこも嫌がってるんや……ですよ」
稔はいってから、大宮がいないのに敬語に訂正したことに気付いた。
「これは、金田律子さんにとっては、チャンスだともいえるんだ」
「どうしてですか?」
「浦山くんは、何かをしたいといっていただけで、実際は何も行動していないだろ」
「……」
「金田さんの実情を多くの人に知ってもらうことによって、現状が改善されるからだ」
「でも、律ちゃんが嫌がっているのに、そんなことしたらアカンやろ」
「たとえば手術をすれば治る病人を、本人が嫌だからって、そのままにしておくのか?」
「それはお医者さんが、決めることやろ」
「医者と同じようなことが、僕はわかってしまうんだ」
偉そうなことをいったのに、華房は寂しそうな表情をしている。
「実際のところ、きみは文房具が手に入って喜んでいるんだろ?」
華房は雪子に訊いた。
「それはうれしいけど、しゃしんはいやや」
「写真は掲載する前に見せてもらうことになっているから、そこで嫌なら断ればいい」
「やっぱり、いやなもんはいやや」
雪子は頬をぷうっとふくらませた。
「きみたちは、似ているんだな」
華房にいわれて、稔と雪子は顔を見合せた。
頬をふくらませていた雪子は、けろりとして笑顔になった。
そのとき、春香がチーズケーキを運んで来た。
雪子は喜んでいるが、稔は操られているような感じがして、気分が悪くなった。
「浦山くんの話もしたから、取材に協力してくれ」
華房は連絡事項を告げるようにいった。
「ぼく、華房さんとこへ行ってくるわ」
「ゆきこもいきたい」
雪子を連れて行くには、律子の許可がいる。
稔は迷った。
「ゆきこ、なにをしはったかみてたもん」
「わかった。一緒に連れていくわ」
「たたかいにいくんやから、まえみたいにおこのみやきをたべていきたいわ」
四月に華房の家へ行った時は、腹がへっては戦(いくさ)がでけへんといって、バス通りの駄菓子屋でお好み焼きを食べたのだ。
「いま、お金を持ってへん」
歩き始めると雪子が稔の手を握った。
「ケーキ、たべられるかな?」
「今日も約束してへんから無理や」
「きょういってから、あしたくるゆうたらええやん」
雪子はどうしてもケーキを食べたいみたいだ。
もしかすると、華房のことだから行くことがわかっているかもしれないと稔は思った。
*
お屋敷通りに入ると、以前とは違ってなんだかいびつな感情が混ざってるような気になった。
住みたいとは思わなかった大きな屋敷に、住むことが出来ないとわかったからなのだろう。
華房の家は、何度見ても要塞のように思える。
通用口の呼び鈴は雪子が推した。
着物姿の春香が、にこやかに出迎えた。
「あら、あら、あら。いらっしゃい。お母さまはお元気かしら」
「はい、元気でいつもぼくを怒ってます」
「あら、あら、それは大変ね」
「華房さんは、ぼくが来るようなこと、いってへんでしたか?」
「あら、どうだったかしら」
春香は笑顔を見せるだけで、あいまいな返事しか返してこなかった。
応接間ではなくて、華房の部屋に通された。
稔が華房に訪ねて来た理由をいった。
「あれは、『毎朝こども新聞』の記者だ。交換会の取材で行ったんだ」
華房は、普通の新聞の半分ほどの大きさの『毎朝小学生新聞』を目の前に置いた。
大人が読む新聞を、小学生向けに分かりやすくまとめた記事や特集が掲載してある他に、全国各地の学校行事や課外活動や学習に関する話題や解説が書いてあると説明をした。
稔が手に取ると、八ページぐらいあった。
「読者の投稿欄コーナーに手紙を送ったんだ」
興味を持った記者が取材をしに来たのだといった。
「交換会が、オモチャを交換するだけではなくて、実際に勉強するための役に立っていることを書いてもらうためだ」
「でも、律ちゃんもゆきこも嫌がってるんや……ですよ」
稔はいってから、大宮がいないのに敬語に訂正したことに気付いた。
「これは、金田律子さんにとっては、チャンスだともいえるんだ」
「どうしてですか?」
「浦山くんは、何かをしたいといっていただけで、実際は何も行動していないだろ」
「……」
「金田さんの実情を多くの人に知ってもらうことによって、現状が改善されるからだ」
「でも、律ちゃんが嫌がっているのに、そんなことしたらアカンやろ」
「たとえば手術をすれば治る病人を、本人が嫌だからって、そのままにしておくのか?」
「それはお医者さんが、決めることやろ」
「医者と同じようなことが、僕はわかってしまうんだ」
偉そうなことをいったのに、華房は寂しそうな表情をしている。
「実際のところ、きみは文房具が手に入って喜んでいるんだろ?」
華房は雪子に訊いた。
「それはうれしいけど、しゃしんはいやや」
「写真は掲載する前に見せてもらうことになっているから、そこで嫌なら断ればいい」
「やっぱり、いやなもんはいやや」
雪子は頬をぷうっとふくらませた。
「きみたちは、似ているんだな」
華房にいわれて、稔と雪子は顔を見合せた。
頬をふくらませていた雪子は、けろりとして笑顔になった。
そのとき、春香がチーズケーキを運んで来た。
雪子は喜んでいるが、稔は操られているような感じがして、気分が悪くなった。
「浦山くんの話もしたから、取材に協力してくれ」
華房は連絡事項を告げるようにいった。