133 『砂のコヨーテ』
文字数 1,484文字
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『砂のコヨーテ』
耳が遠くなった祖父母に育てられた主人公は、人と会話をする時にどうしても顔を近付けてしまう。
パーソナル・スペースを守るため、四十五センチに切った紫の毛糸を持ち歩く。
キャラクターが際立っている。
カード会社のカスタマセンターに「コヨーテがいなくなってしもた」と老婆から早朝の着信。
マニュアルに守られた、テレフォンオペレーターの孤独な業務が無駄なく描かれている。
認知症病棟へ通う主人公。
「今、祖父の中で私の存在が孫ではなく、毎日甘い菓子を運んでくる誰かになっている」
「祖父の命の確かさに安堵していた」
共生のひとつの形がここにある。
全員一致の六票で掲載決定。
『夜の向こう』
疲れきっているシングルマザーのひとみさん。
誰もが朝を迎えるように、ひとみさんにも容赦なく朝が来る。
友達から子どもを預かってとの電話。
お互い様の助け合い。
ひとみさんを起こさないで小学校へ行った祐太が、元気一杯で帰って来る。
日常が立ち上がる。
頭の中に浮かぶ様々な想いを追い払いながら、ひとみさんは今日も生きている。
浮遊しているひとみさんを、そっと支える渡邉さんやきいちゃん。田仲さん、亀半の兄ちゃん、福田のおじさん。
登場人物たちが、それぞれ控えめに自己主張している。
ここには寄り添って生きる豊かなコミュニティがある。
自転車でやって来た物静かな男が、彷徨い女のひとみさんを立ち止まらせる。
十年前に姿を消した祐太のお父さんか、それとも川の道に出るという噂の幽霊か?
七十年代に浅川マキは「夜が明けたら」と唄ったが、ひとみさんは「夜、明けないで」とつぶやく。
いまは、そんな時代なのだろう。
選び抜かれた言葉のセンス、投げつけられる言葉のつぶて、愛と哀しみが胸に届く。
プレゼントされた福袋を開けると、素敵な言葉が一杯詰まっていた。
ぼくは感動したんだが、この水商売をしている主人公が、子どもの面倒も満足にみることが出来ない女なので嫌いだと、年配の女性が言ったので呆れてしまった。
その女性だけが反対、五票で掲載決定。
二作品が決まって、唯一の時代小説『人間無頼』も五票だからスムーズにいくと思ったが、
権田俊輔が、「この作品は作者のために掲載するべきではない」と、異議を唱えた。
本人が掲載を望んで応募しているのに……、ぼくには理解できないことだった。
権田俊輔は、作者を個人的に知っていて、「今後プロとして活躍する人なので、有名になってから、過去にこんな作品を書いていたと思われたくないはずだ」
とへんてこな理屈を言った。
ぼくには、『人間無頼』のどこにそんな瑕疵があるのかわからなかった。
戦国武将の物語で、歴史的事実を的確に挿入していると感心したし、力強くて荒々しい文章が、戦国時代の雰囲気を見事に表現している。
キャラクターも息をしている。
「お主らを斬ったところで《神刀》も喜ばぬは。こやつが喜ぶのは、必死に反撃してくる輩よ」
という主人公の美学に痺れた。
軟弱な主人公が先祖伝来の神刀を持つと、豪胆な武将に変身するアイデアが光る。
「重圧から逃れるために、もう一人のご自身を生み出されたのです」にも説得力がある。
ぼくのマイナス点は、人物をロングと俯瞰で捉えて、遠景にいるので、どうしても感情移入がしにくいことだ。
しかし、このことを作者は充分に承知なのだろう。それほど見事な作品だったのだ。
権田俊輔の主張に賛同する人がいなくて掲載決定となった。
三作品が決まって、四票の作品は『沖合いに向かって』『損のひと』『向こうの岸』『魔界線』となった。
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『砂のコヨーテ』
耳が遠くなった祖父母に育てられた主人公は、人と会話をする時にどうしても顔を近付けてしまう。
パーソナル・スペースを守るため、四十五センチに切った紫の毛糸を持ち歩く。
キャラクターが際立っている。
カード会社のカスタマセンターに「コヨーテがいなくなってしもた」と老婆から早朝の着信。
マニュアルに守られた、テレフォンオペレーターの孤独な業務が無駄なく描かれている。
認知症病棟へ通う主人公。
「今、祖父の中で私の存在が孫ではなく、毎日甘い菓子を運んでくる誰かになっている」
「祖父の命の確かさに安堵していた」
共生のひとつの形がここにある。
全員一致の六票で掲載決定。
『夜の向こう』
疲れきっているシングルマザーのひとみさん。
誰もが朝を迎えるように、ひとみさんにも容赦なく朝が来る。
友達から子どもを預かってとの電話。
お互い様の助け合い。
ひとみさんを起こさないで小学校へ行った祐太が、元気一杯で帰って来る。
日常が立ち上がる。
頭の中に浮かぶ様々な想いを追い払いながら、ひとみさんは今日も生きている。
浮遊しているひとみさんを、そっと支える渡邉さんやきいちゃん。田仲さん、亀半の兄ちゃん、福田のおじさん。
登場人物たちが、それぞれ控えめに自己主張している。
ここには寄り添って生きる豊かなコミュニティがある。
自転車でやって来た物静かな男が、彷徨い女のひとみさんを立ち止まらせる。
十年前に姿を消した祐太のお父さんか、それとも川の道に出るという噂の幽霊か?
七十年代に浅川マキは「夜が明けたら」と唄ったが、ひとみさんは「夜、明けないで」とつぶやく。
いまは、そんな時代なのだろう。
選び抜かれた言葉のセンス、投げつけられる言葉のつぶて、愛と哀しみが胸に届く。
プレゼントされた福袋を開けると、素敵な言葉が一杯詰まっていた。
ぼくは感動したんだが、この水商売をしている主人公が、子どもの面倒も満足にみることが出来ない女なので嫌いだと、年配の女性が言ったので呆れてしまった。
その女性だけが反対、五票で掲載決定。
二作品が決まって、唯一の時代小説『人間無頼』も五票だからスムーズにいくと思ったが、
権田俊輔が、「この作品は作者のために掲載するべきではない」と、異議を唱えた。
本人が掲載を望んで応募しているのに……、ぼくには理解できないことだった。
権田俊輔は、作者を個人的に知っていて、「今後プロとして活躍する人なので、有名になってから、過去にこんな作品を書いていたと思われたくないはずだ」
とへんてこな理屈を言った。
ぼくには、『人間無頼』のどこにそんな瑕疵があるのかわからなかった。
戦国武将の物語で、歴史的事実を的確に挿入していると感心したし、力強くて荒々しい文章が、戦国時代の雰囲気を見事に表現している。
キャラクターも息をしている。
「お主らを斬ったところで《神刀》も喜ばぬは。こやつが喜ぶのは、必死に反撃してくる輩よ」
という主人公の美学に痺れた。
軟弱な主人公が先祖伝来の神刀を持つと、豪胆な武将に変身するアイデアが光る。
「重圧から逃れるために、もう一人のご自身を生み出されたのです」にも説得力がある。
ぼくのマイナス点は、人物をロングと俯瞰で捉えて、遠景にいるので、どうしても感情移入がしにくいことだ。
しかし、このことを作者は充分に承知なのだろう。それほど見事な作品だったのだ。
権田俊輔の主張に賛同する人がいなくて掲載決定となった。
三作品が決まって、四票の作品は『沖合いに向かって』『損のひと』『向こうの岸』『魔界線』となった。
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