第102話 ユーカリの樹 10

文字数 1,310文字


 公園の近くまでくると、稔は雪子を家に帰らそうとした。
 早く律子にチーズケーキを食べさせたいからだ。
「かえったら、お姉ちゃんにいろいろきかれるから、すぐにこられへん。ゆきこ、みのるくんとたっちゃんのなかなおり見たいもん」
「そんなん、見られてたら恥ずかしいわ」
 稔はその時の姿を創造すると、胸がどきどきしてきた。

「華房とこ、行ってきたんか?」 
 後ろから長沢の声が聴こえたと思ったら、目の前まできて自転車のブレーキを掛けて停まった。
 手に下げている紙袋を見て、春香のチーズケーキだとすぐにわかったようだ。
 診療所にも持ってくるといっていた。
「みのるくん、ことわりはったけど、ひきうけはったんや」
 雪子が急にいった。
「何をいうてるかわかれへんわ」
 稔は華房と入れ替わるのを断っいて、『毎朝小学生新聞』の記者と話すことを引き受けたと説明した。
「なんで断ったんや。俺ならずっと入れ替わるわ」
「ほんまに、入れ替わることなんかでけへんからや」
 稔は面倒くさいのでそういった。
「なんや、現実的なやつやな」
 長沢は納得したみたいで、次に『毎朝小学生新聞』のことを訊いて来た。
 稔はそれには答えないで、雪子に家へ帰るようにといった。
 雪子は今度は素直に従った。

「なあ、新聞の人と何を話すんや」
「交換会のことや」
 長沢に本当のことをいうと、ややこしくなると思って嘘をついた。
「なんで稔が話すんや。ええように、利用されてるんと違うか?」
 稔は長沢が華房のことを、そんなふうに考えていたのかと思って驚いた。
「小学校は華房の天下やけど、中学校入ったら、ぜったいに先輩からボコボコにやられるわ」
「でも、仲間も一緒に中学校へいくんやで」
「今の仲間は、大宮と倉井ぐらいや。あとはドン引きしてるわ」
「それ、ほんまか!」
 稔が大きな声で訊くと、長沢は不安そうな目になった。
「華房にはいわんといてや」
 ちいさな声で付け加えた。
 「いうわけないやろ」
  稔は今なら長沢に春香のことを訊けば、教えてくれると想った。
 しかし、弱みに付け込むようなことをすると、自分の心が、長沢と同じようになってしまう気がして訊くことが出来ない。

 公園に到着すると、達也は三角ベースボールをしていた。
 途中で呼び出すことも出来ないので、ブランコに乗って終わるのを待つことにする。
「何で家へ帰らへんねん」
「これを、達ちゃんと半分わけにして、仲直りをするんや」
「なんや。達也と仲直りするんか?」
 長沢がうっすらと不満を滲ませている。
「あいつ、家にテレビが来るいうて生意気になったんや」
 そして、稔に達也が悪口をいっていたと告げ口をした。
「もう、聴きたくないわ」
「そんなこというても、ほんまのことやで。みのるは、現実的なんやろ」
 野球をしているほうから歓声が上がった。
 達也がヒットを打ったようだ。
 稔は必死に走っている姿を目で追った。

「もうなかなおり、したんか」
 雪子が駈けこんできた。
 胸を大きく上下させて、荒い息をしている。
「野球が終るのを待っているんや」
「よかった。それやったら、ゆきこがよんでくるわ」
 そういって、雪子がまた勢いよく走って行った。


 ユーカリの樹 11 に続く。


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