第93話 ユーカリの樹 1
文字数 1,963文字
*
1
稔は、隣でブランコを漕いでいる長沢の口から出てくる言葉に嫌気がさして、大きく漕いでから飛び降りた。
達也とまだ仲直りができていないので、長沢と遊ぶことが多くなっていた。
長沢は達也とも遊ぶのだが、仲直りをさせようとはしないで、反対に稔の悪口をいっていたと告げ口をするのだ。たぶん、達也にも同じことをしているのだと稔は思っている。
「みのるくん、ここまでとんだわ」
雪子が稔の飛び降りたところに立って、ブランコに座っている長沢を挑発するようにいった。
「ぼく、学校へ行くわ」
あと一週間で、二学期が始まる。
夏休みの宿題に、学校であったことについての感想を書くことが出たのだ。
九月で学校が創立六十周年を迎えるので、作文か絵のどちらかを提出しないといけないのだ。
絵が得意な稔は、いつもなら何を掻くかを迷うことはないのだが、今回は作文にすることも考えているので、はっきりしないでいる。
というのは、毎年、担任の先生が「子ども絵画コンクール」へ応募してくれていたのに、東野先生はしてくれなかったので、絵を描く気持ちになかなかなれないのだ。
稔は華房紙幣のことで、先生がまだ怒っているのだと思っている。
華房も、担任の先生を通さないといけない校外活動は、全て出来ないでいるみたいだ。
「急に、どうしたんや?」
長沢はブランコから飛び降りないで、その場で立ち上がった。
「するいわ、ながさわくん。ぜんぜん、とばへんもん」
「今日は、調子が悪いんや。今度、飛んでみせたるわ」
長沢が雪子のおかっぱ頭を撫でながらいった。
「ユーカリの樹を描きたくなったんや」
稔は長沢と一緒にいるのが嫌になったので、離れるために学校へ行くことに決めたのだ。
「今日やなくてもええやろ」
「悪いけど、行くわ」
稔がいうと、雪子が口を尖らせた。
「なつやすみなのに、なんでがっこうにいくんや?」
「宿題の絵を描くんや」
雪子は作文を書いたといっていた。
「みのるは芸術家やから、しょうがないな」
いちいち長沢の皮肉めいたいいかたを気にしても、しょうがないなと稔も思った。
雪子を長沢に頼んで、稔は絵の道具を取りに家へ戻った。
*
画板と絵具セットを持って小学校に着くと、稔と同じように絵を描きに来ている生徒が数人いて、校庭に散らばっていた。
校庭のほぼ中央に立っている大きなユーカリの樹には、三人が画板を膝に載せて遠巻きに取り囲んでいる。
稔は三人に挨拶をしながら、画板を覗き込んだ。
それぞれ画用紙いっぱいに樹を描いている。誰もが描きそうな絵ばかりだった。
校歌に「枝を広げるユーカリの樹」と歌われている樹は幹も太くて、周囲を四人で両手を広げてやっと抱えられる。
一年生のときに初めて校庭で見たユーカリの樹の印象が、いまもはっきりと残っている。
とても頼もしい樹だと思った。
家では裏庭にある無花果の木が守ってくれている。
六年生まである小学校は、人数が多いので、ユーカリの樹もこんなに大きいのだと思った。
稔はユーカリの樹を観察するために近づいた。
じっくりと見ると、幹には切り傷や落書きがある。
ごつごつした樹皮が、縦に剥がれているところは滑らかだった。
低い枝についてる葉と、高い枝の葉の形が違っている。葉を透かして見ると小さい斑点があった。
雪子が初めて学校へ来た時に、ユーカリの樹を見上げて「お空につづいている」といったことを覚えている。
枝の先に見える空は、今日も眩しい光を放っている。
登って行くと素敵な王子様と逢えると律子に教えてもらったといっていた。
しっかり者の律子が、そんなおとぎ話みたいなことを信じているのかと思って稔は、少なからずショックを受けていた。
しかし、そんなことを信じたい気持ちはよくわかる。
稔の頭に、あるイメージが湧き起こった。
下から見上げる絵を描くことにした。
鉛筆を走らせて、おおまかな絵を描いた。校舎前の足洗い場で水をいれた容器を、絵具セットの木箱の上に置くと色を塗り始めた。
陽射しが強くなっても、樹の陰に入っているので汗はでなかった。
「みのるくーん」
名前を呼ぶ声で顔を向けると、長沢の自転車の後ろに乗っている雪子が握った手を大きく振っていた。
稔が手を上げて応えると、雪子が荷台から飛び降りて走ってきた。
手に持っているのは松葉の束だった。
道路沿いに立ち並んでいる松の木から、落ちたものを拾い集めて来たようだ。
「達也もけえへんかったし、雪子が学校に行きたいというから載せてきた」
長沢が言い訳をするように笑って、雪子のおかっぱ頭に自分の手をおいた。
「えだをぅ ひろげぇるぅ ゆーうかぁりは」
雪子が歌い出す。
枝を広げるユーカリは、みんなを見守っていると続く歌詞を3番まで覚えているのだ。
ユーカリの樹 2 に続く。
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稔は、隣でブランコを漕いでいる長沢の口から出てくる言葉に嫌気がさして、大きく漕いでから飛び降りた。
達也とまだ仲直りができていないので、長沢と遊ぶことが多くなっていた。
長沢は達也とも遊ぶのだが、仲直りをさせようとはしないで、反対に稔の悪口をいっていたと告げ口をするのだ。たぶん、達也にも同じことをしているのだと稔は思っている。
「みのるくん、ここまでとんだわ」
雪子が稔の飛び降りたところに立って、ブランコに座っている長沢を挑発するようにいった。
「ぼく、学校へ行くわ」
あと一週間で、二学期が始まる。
夏休みの宿題に、学校であったことについての感想を書くことが出たのだ。
九月で学校が創立六十周年を迎えるので、作文か絵のどちらかを提出しないといけないのだ。
絵が得意な稔は、いつもなら何を掻くかを迷うことはないのだが、今回は作文にすることも考えているので、はっきりしないでいる。
というのは、毎年、担任の先生が「子ども絵画コンクール」へ応募してくれていたのに、東野先生はしてくれなかったので、絵を描く気持ちになかなかなれないのだ。
稔は華房紙幣のことで、先生がまだ怒っているのだと思っている。
華房も、担任の先生を通さないといけない校外活動は、全て出来ないでいるみたいだ。
「急に、どうしたんや?」
長沢はブランコから飛び降りないで、その場で立ち上がった。
「するいわ、ながさわくん。ぜんぜん、とばへんもん」
「今日は、調子が悪いんや。今度、飛んでみせたるわ」
長沢が雪子のおかっぱ頭を撫でながらいった。
「ユーカリの樹を描きたくなったんや」
稔は長沢と一緒にいるのが嫌になったので、離れるために学校へ行くことに決めたのだ。
「今日やなくてもええやろ」
「悪いけど、行くわ」
稔がいうと、雪子が口を尖らせた。
「なつやすみなのに、なんでがっこうにいくんや?」
「宿題の絵を描くんや」
雪子は作文を書いたといっていた。
「みのるは芸術家やから、しょうがないな」
いちいち長沢の皮肉めいたいいかたを気にしても、しょうがないなと稔も思った。
雪子を長沢に頼んで、稔は絵の道具を取りに家へ戻った。
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画板と絵具セットを持って小学校に着くと、稔と同じように絵を描きに来ている生徒が数人いて、校庭に散らばっていた。
校庭のほぼ中央に立っている大きなユーカリの樹には、三人が画板を膝に載せて遠巻きに取り囲んでいる。
稔は三人に挨拶をしながら、画板を覗き込んだ。
それぞれ画用紙いっぱいに樹を描いている。誰もが描きそうな絵ばかりだった。
校歌に「枝を広げるユーカリの樹」と歌われている樹は幹も太くて、周囲を四人で両手を広げてやっと抱えられる。
一年生のときに初めて校庭で見たユーカリの樹の印象が、いまもはっきりと残っている。
とても頼もしい樹だと思った。
家では裏庭にある無花果の木が守ってくれている。
六年生まである小学校は、人数が多いので、ユーカリの樹もこんなに大きいのだと思った。
稔はユーカリの樹を観察するために近づいた。
じっくりと見ると、幹には切り傷や落書きがある。
ごつごつした樹皮が、縦に剥がれているところは滑らかだった。
低い枝についてる葉と、高い枝の葉の形が違っている。葉を透かして見ると小さい斑点があった。
雪子が初めて学校へ来た時に、ユーカリの樹を見上げて「お空につづいている」といったことを覚えている。
枝の先に見える空は、今日も眩しい光を放っている。
登って行くと素敵な王子様と逢えると律子に教えてもらったといっていた。
しっかり者の律子が、そんなおとぎ話みたいなことを信じているのかと思って稔は、少なからずショックを受けていた。
しかし、そんなことを信じたい気持ちはよくわかる。
稔の頭に、あるイメージが湧き起こった。
下から見上げる絵を描くことにした。
鉛筆を走らせて、おおまかな絵を描いた。校舎前の足洗い場で水をいれた容器を、絵具セットの木箱の上に置くと色を塗り始めた。
陽射しが強くなっても、樹の陰に入っているので汗はでなかった。
「みのるくーん」
名前を呼ぶ声で顔を向けると、長沢の自転車の後ろに乗っている雪子が握った手を大きく振っていた。
稔が手を上げて応えると、雪子が荷台から飛び降りて走ってきた。
手に持っているのは松葉の束だった。
道路沿いに立ち並んでいる松の木から、落ちたものを拾い集めて来たようだ。
「達也もけえへんかったし、雪子が学校に行きたいというから載せてきた」
長沢が言い訳をするように笑って、雪子のおかっぱ頭に自分の手をおいた。
「えだをぅ ひろげぇるぅ ゆーうかぁりは」
雪子が歌い出す。
枝を広げるユーカリは、みんなを見守っていると続く歌詞を3番まで覚えているのだ。
ユーカリの樹 2 に続く。