第65話 ニセ百円札 24
文字数 2,412文字
*
「ニセの百円札ってなんや?」
「どこに連れていかれたんや?」
達也と稔が同時に質問した。
「駄菓子屋のおばさんに、連れて行かれたんや」
「どこに連れていかれたって訊いてるんや!」
稔が乱暴に訊くと、長沢がむっとして答えた。
「バス通りの店に決まってるやろ!」
この前、雪子と一緒に行って、お好み焼きを買った店だ。
稔と達也は走り出した。
「みのるは、ニセの百円札のこと知ってたんか?」
息を弾ませながら達也が訊いた。
「後でいうわ」
稔がスピードを上げた。
「お前ら遅いぞ。もっと早く走れ!」
自転車のブザーを鳴らして、長沢が追い抜いて行った。
「あのアホ、なに考えてるんや。競争してるつもりなんか」
そういった達也のスピードが上がった。
*
駄菓子屋の店先には、五、六人の子どもたちがいて、その中に三年生の博史もいた。
心配そうに店の中を覗き込んでいた。
自転車に座った長沢が、勝ち誇ったような顔で待っている。
おじさんは、外の丸イスに座って犬の相手をしていた。
チラリと稔たちを見たが、すぐに目を犬に戻した。
はあはあと切らした息を吸うと、お好み焼きのおいしそうな匂いが鼻に入ってきた。
稔はこんな時でも食べたいと思ったことに、少し驚いた。
「おばちゃんに、中で怒られてるわ」
博史が教えてくれた。
稔は中へ入って行った。
平台のケースには、十円で量り売りのお菓子がズラッと並んでいる。そのケースの奥のおじさんがいつも座っている場所におばさんがいて、立っている雪子と向かい合っていた。
「ゆきこ、大丈夫か?」
稔の声に振り向いた雪子は、目にぎゅうっと力を入れて、涙がこぼれないようにしているみたいだった。
「あんたや、あんたが、この子にやらしたんやろ!」
おばさんが何の話をしているのかわからない。
「あんたが、これを使わしたんやろ」
突き出したおばさんの手には、オモチャの百円札があった。
二十円のお好み焼きを買って、八十円のお釣りを持って帰ったということだった。
「あてが犬の散歩で居ない時を狙ったんや。後ろに悪賢い子がいてるはずや」
そういって、稔をにらみつけてきた。
いきなり犯人扱いをされて、稔は戸惑うしかなかった。
「裏側を見せて欲しいわ」
稔がいうと、おばさんは怪訝な顔をしたが裏を向けた。
そこには、赤いハンコが押してあり、華房紙幣に間違いなかった。
おばさんが、札に目を落とした。
「なんや、このハンコに見覚えがあるんか!」
「そんなん、見たこともないわ」
つい口調が荒くなった。
「みのるやったら、お好み焼きとちがって、カバヤキャラメルやグリコのオマケ付きキャラメルにしたと思うわ」
出し抜けに達也がいった。
「ぼく、そんなことせえへんわ」
「まあ、みのるもおばちゃんも落ち着いてんか。なんで、ゆきこがしたと思うんや」
「こんなことするんは、あんなところに住んでる子どもに決まってる」
大人たちの中に、今は数が少なくなった井戸の周りに暮らしている一画を、「あそこ」とか「あんなところ」とかいって、赤痢が流行(はや)る元だと嫌う人が少なくなかった。
「決めつけたらアカンわ」
稔にいわれたおばさんは、むきになって続けた。
「あんなとこに住んでいるもんは、最低の人間ばっかりや」
「そんなん、いうたらアカンやろ!」
気色(けしき)ばんで前に出ようとした稔の肩を達也が掴んだ。
「おじちゃん、オモチャのお金を使ったんは、ゆきこに間違いないんか?」
外に向けて大きな声で訊いた。
「さぁ、小さな女の子やったんは、はっきりと覚えてるんやけどな……」
その言葉を耳にした達也は、おばさんに向き直った。
「ゆきこは、絶対、こんなことせえへん。おれが保証するわ」
「あんたの保証なんか、屁の突っ張りにもなれへんわ。それとも、二十円出すいうんか」
ぐっと黙ってしまった達也が稔を見た。
「みのるのおばちゃんなら、すぐ来てくれるやろ」
達也がいったが、稔は躊躇した。
「あっ、そうか、忙しいもんな」
それもあるのだけども、せっかくいい気分でいるのを壊したくなかったのだ。
「ぼくが二十円持ってくるわ」
「やっぱり、あんたがやらしたんやな」
「違うけど、もう、ゆきこを放して欲しいだけや」
稔はこれ以上、騒ぎを大きくなるとまずいことになると考えたのだ。
「犯人ならすぐわかるわ」
長沢が口を出してきた。
「なんで、おまえにわかるんや」
達也はさっきのことで、まだ怒っているようだ。
「オモチャの札の諮問を取ればええんや」
「指紋て、警察しかとれへんやろ」
「そんなこと、当たり前や」
長沢は交番に届けて調べてもらえばいいといったので、みんな押し黙ってしまった。
「それやったら、学校の先生に知られてしまうやろ」
稔がいった。
「悪い事したヤツがいるんやから、当たり前や。学校も追放されたらええんや」
長澤が余計な口出しをするから、話が大きくなっていくように思った稔は、ここで食い止める必要があると感じた。
これ以上、騒ぎが大きくなって、華房紙幣が実際に使われたことが、校長先生や東野先生に知られると、交換会も辞めさせられると思ったのだ。
「おばちゃんは、ぼくらの家をしってるやろ。逃げも隠れもせえへんから、今日は家へ帰らせてもらえませんか?」
冷静になった稔は、ていねいに頼んだ。
「そうや。おれら少年探偵団が、使った犯人を捜してみせるわ」
達也が見得を切った。
「少年探偵団ってどこにあるねん」
長沢が、また口出しをした。
「これから、作るんや。長澤が団長の小林少年やってもええで」
「団長をやって欲しいんなら、やってもええけどな」
怪人二十面相と 少年探偵団は、ラジオや映画でおなじみになっている。
月刊漫画雑誌『少年』や学年誌『たのしい一年生』などに、読物として掲載されているた。
おばさんは、二十円のことで、騒ぎが大きくなるのを嫌がったのか、稔の提案をあっさりと受け容れた。
ニセ百円札 25 に続く。
「ニセの百円札ってなんや?」
「どこに連れていかれたんや?」
達也と稔が同時に質問した。
「駄菓子屋のおばさんに、連れて行かれたんや」
「どこに連れていかれたって訊いてるんや!」
稔が乱暴に訊くと、長沢がむっとして答えた。
「バス通りの店に決まってるやろ!」
この前、雪子と一緒に行って、お好み焼きを買った店だ。
稔と達也は走り出した。
「みのるは、ニセの百円札のこと知ってたんか?」
息を弾ませながら達也が訊いた。
「後でいうわ」
稔がスピードを上げた。
「お前ら遅いぞ。もっと早く走れ!」
自転車のブザーを鳴らして、長沢が追い抜いて行った。
「あのアホ、なに考えてるんや。競争してるつもりなんか」
そういった達也のスピードが上がった。
*
駄菓子屋の店先には、五、六人の子どもたちがいて、その中に三年生の博史もいた。
心配そうに店の中を覗き込んでいた。
自転車に座った長沢が、勝ち誇ったような顔で待っている。
おじさんは、外の丸イスに座って犬の相手をしていた。
チラリと稔たちを見たが、すぐに目を犬に戻した。
はあはあと切らした息を吸うと、お好み焼きのおいしそうな匂いが鼻に入ってきた。
稔はこんな時でも食べたいと思ったことに、少し驚いた。
「おばちゃんに、中で怒られてるわ」
博史が教えてくれた。
稔は中へ入って行った。
平台のケースには、十円で量り売りのお菓子がズラッと並んでいる。そのケースの奥のおじさんがいつも座っている場所におばさんがいて、立っている雪子と向かい合っていた。
「ゆきこ、大丈夫か?」
稔の声に振り向いた雪子は、目にぎゅうっと力を入れて、涙がこぼれないようにしているみたいだった。
「あんたや、あんたが、この子にやらしたんやろ!」
おばさんが何の話をしているのかわからない。
「あんたが、これを使わしたんやろ」
突き出したおばさんの手には、オモチャの百円札があった。
二十円のお好み焼きを買って、八十円のお釣りを持って帰ったということだった。
「あてが犬の散歩で居ない時を狙ったんや。後ろに悪賢い子がいてるはずや」
そういって、稔をにらみつけてきた。
いきなり犯人扱いをされて、稔は戸惑うしかなかった。
「裏側を見せて欲しいわ」
稔がいうと、おばさんは怪訝な顔をしたが裏を向けた。
そこには、赤いハンコが押してあり、華房紙幣に間違いなかった。
おばさんが、札に目を落とした。
「なんや、このハンコに見覚えがあるんか!」
「そんなん、見たこともないわ」
つい口調が荒くなった。
「みのるやったら、お好み焼きとちがって、カバヤキャラメルやグリコのオマケ付きキャラメルにしたと思うわ」
出し抜けに達也がいった。
「ぼく、そんなことせえへんわ」
「まあ、みのるもおばちゃんも落ち着いてんか。なんで、ゆきこがしたと思うんや」
「こんなことするんは、あんなところに住んでる子どもに決まってる」
大人たちの中に、今は数が少なくなった井戸の周りに暮らしている一画を、「あそこ」とか「あんなところ」とかいって、赤痢が流行(はや)る元だと嫌う人が少なくなかった。
「決めつけたらアカンわ」
稔にいわれたおばさんは、むきになって続けた。
「あんなとこに住んでいるもんは、最低の人間ばっかりや」
「そんなん、いうたらアカンやろ!」
気色(けしき)ばんで前に出ようとした稔の肩を達也が掴んだ。
「おじちゃん、オモチャのお金を使ったんは、ゆきこに間違いないんか?」
外に向けて大きな声で訊いた。
「さぁ、小さな女の子やったんは、はっきりと覚えてるんやけどな……」
その言葉を耳にした達也は、おばさんに向き直った。
「ゆきこは、絶対、こんなことせえへん。おれが保証するわ」
「あんたの保証なんか、屁の突っ張りにもなれへんわ。それとも、二十円出すいうんか」
ぐっと黙ってしまった達也が稔を見た。
「みのるのおばちゃんなら、すぐ来てくれるやろ」
達也がいったが、稔は躊躇した。
「あっ、そうか、忙しいもんな」
それもあるのだけども、せっかくいい気分でいるのを壊したくなかったのだ。
「ぼくが二十円持ってくるわ」
「やっぱり、あんたがやらしたんやな」
「違うけど、もう、ゆきこを放して欲しいだけや」
稔はこれ以上、騒ぎを大きくなるとまずいことになると考えたのだ。
「犯人ならすぐわかるわ」
長沢が口を出してきた。
「なんで、おまえにわかるんや」
達也はさっきのことで、まだ怒っているようだ。
「オモチャの札の諮問を取ればええんや」
「指紋て、警察しかとれへんやろ」
「そんなこと、当たり前や」
長沢は交番に届けて調べてもらえばいいといったので、みんな押し黙ってしまった。
「それやったら、学校の先生に知られてしまうやろ」
稔がいった。
「悪い事したヤツがいるんやから、当たり前や。学校も追放されたらええんや」
長澤が余計な口出しをするから、話が大きくなっていくように思った稔は、ここで食い止める必要があると感じた。
これ以上、騒ぎが大きくなって、華房紙幣が実際に使われたことが、校長先生や東野先生に知られると、交換会も辞めさせられると思ったのだ。
「おばちゃんは、ぼくらの家をしってるやろ。逃げも隠れもせえへんから、今日は家へ帰らせてもらえませんか?」
冷静になった稔は、ていねいに頼んだ。
「そうや。おれら少年探偵団が、使った犯人を捜してみせるわ」
達也が見得を切った。
「少年探偵団ってどこにあるねん」
長沢が、また口出しをした。
「これから、作るんや。長澤が団長の小林少年やってもええで」
「団長をやって欲しいんなら、やってもええけどな」
怪人二十面相と 少年探偵団は、ラジオや映画でおなじみになっている。
月刊漫画雑誌『少年』や学年誌『たのしい一年生』などに、読物として掲載されているた。
おばさんは、二十円のことで、騒ぎが大きくなるのを嫌がったのか、稔の提案をあっさりと受け容れた。
ニセ百円札 25 に続く。