第109話 ユーカリの樹 17

文字数 966文字


「きみ、写真は困るよ。撮影しないでくれ」
 雪子の担任の松村先生が、カメラを構えている田代にいった。
「どうしてですか? 夏休みにも関わず、生徒を指導される熱心な先生方を撮影してはいけないのですか。事実を報道したいのです。もちろん記事にする場合は連絡させてもらいますよ」
「報道だなんて、そんな大げさなことは困るんだ」
「僕たちは報道してもらったほうがいいと考えています。これは、一つの小学校の問題ではなくて、社会的な問題だと思っています」
 先生たちはそわそわし始めた。
 怒鳴ることによって保たれていた威厳が通用しないのだ。
 おそらく華房は、こうなるように仕組んだのだと稔は思った。

 「先生たちもちまちま意地悪せんと、協力してくださいよ」
 大学生の滝田が、バカにするようにいった。
「意地悪じゃない。児童が児童らしく成長するための指導だ」
 東野先生の言葉は、言い訳みたいだった。
「指導するなら、この子らとちがって、金田律子さんをなんとかしてやってくださいよ。実際に困った状況にいてるんやから、なあ、浦山くん」
 急に呼びかけられて戸惑った稔は、「……そうして欲しいです」と小さな声でいった。
 しかし、これはチャンスだと思って、すぐに大きな声でいい直した。
「ほんまに、そうして欲しいわ」
 クスクスと笑い声が聴こえてくる。
 いいかたが違うと思った稔は、もう一度いい直した。
「ぼくらを見張る時間があるんやったら、律ちゃんに少しでも勉強を教えて欲しいわ」
 今度は、誰も笑うことはしなかった。

 先生たちの姿が会場から消えると、子どもたちは再び品物を選び始めた。
 稔には華房のいうことが、ひとつひとつ正しいと思えるし、納得もできる。
 しかし、ぼくを将棋の駒とでも思っているみたいだ。
 利用されていることだけは、はっきりとわかる。
 いま、稔の胸に湧き上っているのは、華房に対しての悲しみとも憤りともつかない感情だった。
 この気持だけは、どうにも整理がつかない。
 
 華房は稔の考えも及ばないことを、簡単にやってしまう。
 しかも、新聞記者も大学生も、律子の力になってくれそうなのだ。
 それなのに、稔は自分がここで怒ってしまうと、律子の為にならないこともわかっている。

 稔は律子のことを考えて。ここは我慢して黙っていようと思った。


 ユーカリの樹 18 に続く。

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