60 2016・5・7(土) 坂藤  薫 評 

文字数 942文字


 浦山稔さん 『空、駈ける馬』 坂藤  薫

 連作の一部として読みました。
 春休み、まもなく五年生になる稔の、ごくありふれた、それでいて特別な一日を綴った物語。

 描写が大変こまやかで、かつ活き活きとしていて、いろいろな場面の情景が鮮やかに目に浮かびました。
 一つ一つが、映画の1シーンのよう。

 昭和36年の大阪の風景が大阪弁で語られていて、独特の味わい深さが。
 子供の日から垣間見た、大人の世界の断片。
 さらに抜けるような自然のすがすがしさが、しみじみと伝わってきて、宮本輝作品にも通じる繊細さがあり、楽しく拝読しました。

 時代を超えた普遍性が。誰もがどこかで自分の子供時代を思い起こすのでは。

○アメンボの描写、空駈ける馬のような流木を見つける場面、お母さんと鉄橋を駆け抜け
るシーンのハラハラするような昂揚感が特に印象的。
 心に残る。

○最初は気づかなかったのですが、よく読んでみたら、妊娠を期待していたお母さんに生
理が来て、弟か妹ができるかもしれない可能性が消えてしまったことへの示唆が。
 それを息子である稔が悟らぬまま、背中でただ、母の微妙な心の変化を感じ取る。そこから、クライマックスの鉄橋の場面へ。

 一瞬、もうちよっとだけわかりやすく描き込んでもいいのかな、とも思ったのですが、これぐらいさりげない方がむしろよいのか、とも思い直しました。
 あくまで子供である稔の目から見た大人の世界、ということで…・・。

 少しだけ欲を言えば、鉄橋を半分過ぎ、後ろから貨物列車の音が聞こえてくるあたりから橋を渡りきるところまで、現在18行ぐらいで処理されているのですが、もう少し伸ばしてさらに細かく、さらに臨場感たっぶりに描いてもらえたらもっと作品全体の緩急とハラハラ、母の切なさが増したかな、という気がします。

○登場するキャラクターの一人一人が、脇役に至るまでしっかりと立っていて愛らしく、
 その点も魅力的。
 アチャコや大河内伝次郎のモノマネ、といった描写も活きている。
 ぜひ、全編を通じて読んでみたい作品です。

 クラスの新人のひとり。東京在住でライターの仕事をしている。
 大阪の夫の単身赴任先に来ていた時に文校を知り、隔週で通うことにしたとのこと。
 後に、作家デビューを果たしている。



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