第72話 ニセ百円札 31

文字数 2,053文字


 二日後に、オモチャの百円札を使わせた犯人がわかった。
 長沢が、少年探偵団の団長としての役目を果たしたのだ。

 交換会の会場で、値段を付けていた女子だった。
 五人兄妹の一番下の妹に、買いにいかせたのだ。
 理由は会計をしていて、扱う金額が大きくなり過ぎて、恐くなったそうだ。
 その場で見つかって、叱られるだけだと思っていたが、お釣りを持って戻って来たので驚いて、その場を逃げ出し手しまった。
 妹が知らない間に持ち出したけど、その責任を取って会計をやめるというつもりだった。
 だから、小さい子が買いそうにないお好み焼きにしたのだという。
「おじちゃんが、受け取ってくれへんかったらよかったんや」といっていたそうだ。
 いいたいことをいえないから、こんなことになってしまったのだ。
 稔は、増井がいっていた通りだと思った。

 生徒会の会議で、華房の先生に点数をつける案は、反対が多くてやらないことになった。
 華房は、二学期にまた提案するといっている。
 小百合が提案した、体操着の着がえを男女別にする案は賛成が多くて、先生たちに申し入れることに決まった。
 男子による女子のスカートめくりの禁止令は、罰則を作ってまでする必要はないとの意見が多くて、今まで通り、先生に注意してもらうことになった。
 小百合も、二学期にまた提案するといっている。

「みのる、淀川へツクシ採りにいかへんか?」
 土曜日、稔が学校から帰ってくると文江がいった。
 文江はミシンの仕事をしなくなってからは、家の中の掃除を隅々までしていたのだけれど、一通りやり終わって手持ち無沙汰になったのだ。
「ゆきこと一緒なら、いってもええで」
 気乗りはしないのだが口にした。
 あの日以来、雪子の態度がよそよそしいのだ。
 淀川に連れて行くと喜ぶと思った。
「雪子ちゃんを連れていくんなら、家の人にいわんとあかんな」
「律ちゃんにいえばええんか!」
 稔は律子に会うチャンスだと思った。
「そうやな。この時間は律子ちゃんしかいてへんもんな」
「お母ちゃん、ツクシ採りにいこ!」
「でも、お母ちゃん、自転車に二人も載せられへんで」
「ぼくが後ろから走っていくわ」
「なんや、急に積極的になったな」
「お母ちゃんが、行きたいいうからや」
「達也ちゃんはどうするんや? 誘わんわけにはいかへんやろ」
「……そうやな。自転車はあるんやから、たかし兄ちゃんを起こして、一緒にいけばええんとっちがうか」
「えっ、増井さんをか?」
「そうや、ふたり載せてもらえばええわ」
「三人乗りさせるんか……。まあ、若いから大丈夫やろ」
「お母ちゃんが、たかし兄ちゃんを誘ってえな。ぼくより、お母ちゃんが声をかけたら、絶対断らへんわ」
「なんか、大ごとになったわ」
 言葉とはちがって、文江の声は弾んでいる。
「お母ちゃんが行きたいいうし、大勢でいったほうが、楽しいやろ」
 稔はそういい残して、達也を誘うために外にでた。
* 
 達也の家の横に、児童車が停まっていた。
「父ちゃんの会社が、昼からストライキになったんや」
 達也を誘うと、草取りは嫌だと断られた。
「ツクシも食べへんし、無花果もきらいやし、達ちゃんも好き嫌い多いな」
 稔が茶化すようにいうと、達也はむっとした顔になった。
「給食に出てけえへんから、困れへんわ」
 そして、「車で、どこかに連れていってもらうつもりやねん」と誇らしげにいった。
 稔は少しも羨ましいとは思わなかった。

 その足で、雪子の家へ走っていく。
 今日は、漂う臭気も感じない。
「ゆきこ!」
 家の前で呼びかけると。
 すぐに雪子が出て来たが、いつもみたいに飛びついてこない。
「ツクシを採りに淀川の堤防へいくので、ゆきこを誘いにきたんや」
 そういうと、雪子がその場で飛び上がった。
「いきたい。いきたいわ」
 稔は雪子が落ち着くのを待っていった。
「ゆきこを連れて行くのには、律ちゃんに直接ええっていってもらう必要があるんや」
「わかったわ」
 雪子が家の中に走り込んでいった。
 稔の胸がドキドキしてきた。気持ちを鎮めるために深呼吸をする。微かに臭いにおいを感じた。
 窓が大きく開いて、雪子が顔を出した。
「お姉ちゃん、ええいうてはるわ」
「直接、ぼくが聞かんとあかんねん」
 稔は律子にも届くように大きな声でいった。
 雪子の顔が消えると、窓が少しづつ閉じていく。
「律ちゃん!」
 稔は思わず窓に近寄った。
「みのるくん」
 狭くなった窓の間に、律子の顔が現れた。
「律ちゃんや、律ちゃんや……」
 確かめるように、名前を何度も呼んだ。 
「……みのるくん。いつもありがとう」
 律子の小さな声が、耳から心の中に沁み込んでいく。
 訊きたいことや、喋りたいことがいっぱいあるのに、言葉がでてこない。
「律ちゃん……」
 呼びかけた。
「んっ?」
「わらってるか?」
「ええ、ゆきこが楽しいこと、話してくれるわ」
 もっと、声を聴いていたい。
「痛っ!」
 いつの間にか外に出ていた雪子が、稔の脇腹に頭突きをした。
「ゆきこをはやく、つれてって」


 ニセ百円札 32 に続く。





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