第52話 ニセ百円札 11

文字数 3,147文字


 稔は路地に入ると家ではなくて、向かい側の増井の玄関に向かった。
 どうしても相談したいと思ったのだ。ランドセルを背負ったまま、玄関の引き戸を叩いた。
 しかし、増井の家の中には誰もいないのか、物音ひとつ聴こえてこなかった。
 家の引き戸を開けると、ミシンの前に座っている文江にすぐ訊いた。
「お母ちゃん、たかし兄ちゃんとこ留守みたいやねん。なんか知ってるか?」
「挨拶もなしに、どうしたんや」
「ただいま。なんか知ってるか?」
「お帰り。親戚の人が亡くなったので、一緒に。鹿児島へ帰ったはる」
「いつ、帰ってくるんかな」
「そこまで、知らんわ」
 むっとしたようで文江は、突き放したいいかたをした。
「……」
 台所から入った稔は、コップに水をいれてゴクゴクと飲んだ。
 奥の縁側まで行き、ランドセルを下した。壁と壁に挟まれた一畳ほどの空間が稔の場所だった。
 ガラス戸から見える無花果の木がゆさゆさと葉を揺らしている。
 しばらく眺めていると、ようやく胸騒ぎが収まって来た。
 稔は交換会に持って行くモノを選ぶために、ミカン函をひっくり返してオモチャを外に出した。
 消防自動所、銀玉鉄砲、巻き玉鉄砲、水鉄砲、数個のピース缶。中には、将棋の駒、ビー玉、グリコのオマケ、ジュースのフタやきれいな小石などをそれぞれ入れていた。輪ゴムでとめてあるメンコやトランプ。軍人将棋は箱のままあった。
「みのる! 達也ちゃんが、誘いにきたで!」
 文江の声に、「すぐ行くわ」と答えた稔は、オモチャを出したままで立ち上がった。

 次の日、教室の掃除をしているところに、大宮がやってきた。
 廊下の端に連れていかれて、四つに折りたたんである紙を渡された。
「日曜日の10時にやるからな。ここに、地図と、持って来てもアカンモノが書いてある。書いてへんモノを持ってこい」
「わかったわ」
 神を受け取った稔は、そのままポケットに入れた。
「お前、六年生には敬語を使え」
 大宮は顔をぐっと寄せて、睨みつけて来た。
「えっ、……わかりました」
「今度、生意気やってら、しばくからな」
「……」
 大宮が立ち去ってから、稔は紙を広げた。
 場所は、だいぶ離れたところにある寺だった。稔はいったことはないけど、方角はわかっている。二つほどの縄張りを通らないといけないが、悪い噂は聞いていない。
 持っていっても駄目なモノの中に、稔が用意していた古い巻き玉鉄砲が入っていた。
 文房具のエンピツと消しゴムは三分の二以上の大きさでないといけない。
 色エンピツやクレヨンは半分以上。絵の具も半分以上と書いてあった。

 家に帰ってから、もう一度ミカン函の中を探したが持って行くモノが見当たらなかった。
 漫画本は数冊あるけど、手放すことは考えられない。
 稔は仕方なく、文江に相談をした。
 文江は稔が手渡した紙を読んでから、「ただの遊びでやってるんと違うみたいやな」と感心したようにいった。
 結局、メリヤスの端切れ、ピースの空き缶、それとミシン糸を使い切った巻き台を持って行くことになった。
「みのるのモノがないから、お母ちゃんの欲しいモノと交換してもらおかな」
「大人のモノは無いと思うけど、何が欲しいんや」
「そうやな、醤油とかソースなんかがあったらええな。そうや、化粧水でもええわ」
「そんなモノあるはずないやろ」
「あったらで、ええからな」

 日曜日の朝になっても増井は、帰ってこなかった。
 稔は雪子と待ち合わせている公園へいった。
 裕二の姿が目に入って、稔は足を止めた。
 ブランコの横で、雪子と手を繋いでいる。
 裕二は左手に袋を二つ下げていた。
「みのるくん、おはよー」
 雪子の声に促されるように足を勧めた。
「おはようございます」
「おうっ」
 裕二が気まずそうに、頭だけ動かした。
「律子に頼まれた。これ、持って行けや」
 差し出した左手の小指に目が行った。
 赤茶けた色の先端は、父親の寛之の傷跡を思い出させる。
「ひとつは、みのるくんのやで」
「おおきに」
 小さくいって受け取った稔は、中を見た。
 縁日で売っている、紙風船、吹き戻し笛、風ぐるま、竹トンボ、けん玉、花火セットが入っていた。裕二か律子のどちらが選んだのかわからないけど、これならすぐに売れそうだった。
「雪子を頼むわ」
「任せとき」といってから「わかりました」といい直した。

 ポケットから地図を一度も取り出さないで、寺までいくことが出来たのは、途中から同じように袋を下げた男子の後をついて歩いたからだ。
 境内にはいると、数人の子どもが走り回っていた。
 前を歩いていた男子が、休憩所みたいな建物に入って行った。
 稔は雪子の手を握りなおして、その建物へむかった。
 中にはいると、下駄箱の横に大宮が経っていた。目が合ったので、「おはよう……、ございます」と頭を下げた。
「何を持ってきたんや」
 稔が二つの嚢を差し出すと、大宮は乱暴に奪い取った。
 中を見て、「これは、ええもん持ってきたな」と顔を上げた。
「自分で値段をつけて売るか、こっちに売るか、どっちにするんや」
「みんな、引き取って欲しいです」
 雪子が律子にそうしろといわれていたことだった。
 すぐに、華房紙幣が手に入るから、欲しいモノが買えるのだ。
 大宮が手にもって中に入って行ったので、稔も靴を脱ぐと雪子と一緒に続いた。
 二十条ぐらいの広間にいろんな品物が並んでいる。
 子どもたちも十数人がいて、熱心に見て回っている。
 けっこう大がかりなので、稔は驚いた。
 大宮は。受付けをしている女子の机の上に袋を置いた。
「値段が決まるまで、見て回っとけ」
「うん。いや、はい」
 素早く訂正したけど、大宮が睨みつけて来た。
「みのるくんに、もんくあるんか!」
 雪子が身体を入れて来た。
「金田の妹は、やっぱり気が強いな」
 苦笑した大宮が離れて行った。
「いろエンピツ、あるわ」
 雪子に引っ張られて壁際まで進んだ。
 途中まで使ってあるが、十二色揃っている。
 値段は四百円と、新品よりずいぶん高い。他の品物を見ても、全て普通に買うよりは高価な値段が書いてある。
 律子が作ったミノムシの小物入れに、華房紙幣の百円札を入れて持ってきたが、それほど価値がないことがわかった。
「ゆきこ、いろエンピツがほしいんや。きょうは、見るだけにしときっていわれたんや。でも、ぶんぼうぐがあるけど、いろエンピツはないのがおおいんや」
 口を尖らせて雪子が、訴えるようにいった。
「そやから、がまんせなアカンねん」
「雪子の持ってる百円札では、買えへんわ」
「それやったら、がまんするわ」
 口ではそういったが、目は色鉛筆から離れない。
「浦山くん、何か欲しいモノがあったかい?」
 振り向くと、華房が立っている。横に小百合の姿もあった。
「おはようございます」
 いってから、大宮を目で探す。
 受付の女子と話し込んでいた。
「値段が普通より高いねんけど……」
 稔が呟くようにいった。
「だいたい五倍ぐらい高く設定している。そのほうが、売れた時に嬉しいだろ」
 いわれて、その通りだと思った。
 五十円で買ったモノが、古くなってもそれ以上の値段で売れると、たとえオモチャのお金であっても嬉しい。
「高いほうが、お金を使う快感があるって、華房さんがいうのよ」
 小百合が口添えをした。
 それも確かにある。おそらく、小百合にはわからないだろうが、オモチャであっても百円を使えるのだ。
 華房は、ここの他に、あと三カ所あると教えてくれた。メンバーも七、八十人いるのだという。
 稔は達也から聞いた話をした。
 達也が聞き耳を立てるだけで、わかるぐらいだから、華房も職員室で問題になっていることを知っているはずだ。
「そのことは、問題ない」
 華房はいい切った。

 
 ニセ百円札 12 に続く。


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