第55話 ニセ百円札 14

文字数 1,951文字


 公園に着くと自転車に乗った長沢が近づいて来た。
「ゆきこに聞いたけど、一緒に交換会へ行ってきたんやな」 
「うん、律ちゃんに頼まれて、行ってきた」
「なんで、稔に頼むんやろ?」
「順番で頼むのと違うかな」
「なんで、稔が一番やねん」
 長沢が電池式のブザーを鳴らした。
「さあ、家が近い順かな」
 稔はあいまいにいって、雪子と一緒にそばへきた達也に相槌を求めた。
「なんで、僕に頼めへんのやろ。いっぱい交換するオモチャを持ってるのに」
 長沢が、またブザーを鳴らした。
「お姉ちゃん、好かんていうてはる」
「えっ、僕のこと嫌ってはるんか」
「そうや」
 雪子がきっぱりいった。
「なんでや。僕、嫌われるようなことしてへんやろ?」
 長沢に訊かれても、稔には答えられない。
「長沢の家が、お金持ちやから嫌われてるだけや」
 達也がそういって続けた。「おれも羨ましいから、どこか好きになられへん。長沢の責任と違うわ」
 達也はテレビを見せてもらいたいから、気を遣ったのだけれど、家のせいにすれば、長沢が傷つかないですむ。
 稔はうまいことをいうと感心した。
「そんなん、僕の責任と違うのにな。ゆきこは、僕のこと好きか?」
「うん、きらいやないで」
 雪子がずるそうな目をしていった。
「ぼくも、長沢くんのこと好きや」 
 稔は、どこか憎めない長沢が嫌いではない。
「みのるに好きになられても困るわ」
 長沢は言葉と違って、嬉しそうな顔をした。

 長沢が雪子と遊んでいる間に、達也が「どうやった」と訊いてきた。
 裕二に会ったことを話すと、すぐに小指のことを訊いた。
「気持ち悪かったわ」
 稔は、切断面の色や形状のことを、見たまま、感じたままを喋った。
 そして、華房が交換会をもっと大掛かりにしたいから、生徒会の会長と副会長に立候補したことも話した。
 律子が用意してくれた縁日のオモチャが四百円で買い取ってもらったが、高い値段ですぐ売れたこと、律子が自分の利益より交換会の維持を大事に考えていること、雪子が色鉛筆を欲しいのに我慢をしたこと、六年生の大宮に敬語を使えと脅かされたこと、稔は達也が訊いてこなかったこともしゃべった。
 話し終えると、なんだかすっきりした気持ちになった。
 華房がいっていた「教えてもらうのは、相手を利用している」という言葉について考えてみた。
 達也は知りたいことがわかったし、稔は教えてすっきりとした。
 別に損をしていないし、かえって得をしているのかもしれない。

ねこバアがいたら相談しようと思ったが、今日も姿が見えない。
近頃、来ない日が多くなっている。
「ねこバアは、来てへんな」
「身体を悪してるみたいや。顔色が悪いもんな」
 稔は気づいていなかった。

「明日のメスゴリラの応援演説、ちゃんと考えたか?」
「四年生のとき、男子をグーで殴ったこととか、風紀委員をしっかりやっていたことを喋るつもりや」
「男子をグーで殴ったことは、いわんほうがええで。男子に嫌われるからな」
「そうかな、ほんまのことやのに」
「みのるは、危険な男やな。ほんまのことをいうたらアカン時もあるんや。褒めて、褒めて、褒めなアカンのや」
「頭がいいとか、ヴァイオリンを習っているとか、いうほうがええんかな」
「ヴァイオリンは妬まれるからやめとけ。音楽を習ってるというほうがええ。それに、実行力があるとか、リーダーに向いてるとかいえばええねん」
「それやったら、達ちゃんが演説やればええ」
「みのるが頼まれたんやから、おれの出る幕と違うわ」
「でも、達ちゃんのいう通りにはでけへんわ」
「それでええけど、男子をグーで殴ったことはいわんといてや。みのるも給食のおかずが嫌いで、居残りをさせられているのを、みんなに知られたら嫌やろ」
「ほんまのことやから、しょうがないと思うわ」
「やっぱり、みのるは危険な男やわ」
 達也が呆れたようにいった。
「そうや、おばちゃんに訊いといて欲しいんやけど、工場の若い兄ちゃんが、無理ばっかりいうてくるんや、前のおじさんは優しかったんやけどな」
「母ちゃんも、社長が変わってから、仕事がきつくなったってこぼしてたけどな」
「そうなんか」
「前の社長が借金をよう返さんから、銀行が乗り込んできたんやて」
「日本銀行がお金を印刷して、もっと貸してあげたらええのにな」
 稔は華房から聞きかじったことをいった。
「何をいうてんのか、わかれへんわ」
「そやから、借金が増えたら、お札を印刷したらええってことや」
 いってる稔自身も、わけがわからなくなった。 

「ただいま」
 稔が玄関に入ると、ミシンを掛けていた文江がニヤリと笑った。
「お帰り。増井さんが、帰ってきはったで。さっき、土産を貰ったわ」
「ほんまか!」
 脱ぎかけたズッククツを履き直して、稔は外に飛び出した。


 ニセ百円札 15 に続く。

 
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