第98話 ユーカリの樹 6
文字数 1,422文字
*
すぐに雪子が走って来た。
「さっき、うちにおきゃくがきたわ」
「六年生の大宮やろ」
「なんや、知ってたんか」
「ここに来て、次の交換会のことを教えてくれたわ」
「エンピツとかけしゴムとか、いっぱいもってきてくれはった」
「それは、よかったな」
「おとなもいっしょやった。お姉ちゃんいややいはったけど、しゃしんをうつしはったんや」
「えっ、そんなこと、聞いてへん」
稔は何があったのかを訊いたが、雪子はよくわからないといった。
「律ちゃんに、訊きにいくわ」
「お姉ちゃん、会いはらへんと思うわ」
「でも、心配や」
稔は走り出した。
追いかけてくる雪子の足音が聞こえても、スピードを緩めなかった。
*
路地を抜けて、律子の住む一画に入ると、井戸端にいた数人のおばさんたちが一斉に視線を向けて来た。
稔は頭を軽く下げて通り過ぎた。
「律ちゃん!」
律子の家の前に立った稔は、大きな声で名前を呼んだ。
「みのるやけど、何があったんや」
耳を澄ませたが、返事も物音も聞こえてこない。
「律ちゃん! 中に入るで」
稔は一歩踏み出した。
「あかん! 帰って」
悲鳴のような鋭い声が、家の中から飛んで来た。
「律ちゃん!」
もう一度、大きな声をだした。
「なんで、ぼくと話してくれへんねん」
引き戸は手の届くところにある。
このまま、入ってしまおうかと手を伸ばした。
「あんた。律子が嫌やいうてるやろ」
声と一緒に肩を掴まれた。
顔だけは見知っている近所のおばさんだった。
後ろに立っている三人のおばさんも、怒ったような顔をしている。
「小学生のくせに、もう色恋沙汰(いろこいざた)か」
「そんなんと違うわ」
「なんや。わてらに文句いわんと、さっさと家へ帰り」
「みのるくんをいじめんといて!」
雪子が駈けこんできた。
「なんで、わてらが悪者になるんや」
「どれだけ、迷惑かけてるかわかってるやろ」
「そんなこというてええんか。もう面倒みたれへんで」
おばさんたちは、雪子をちらりと見やりながら口々にいった。
「……ごめんなさい」
雪子が下を向いてしまった。
稔は予想外の展開に言葉を失った。
これ以上ここにいると、律子の迷惑になると思った。
「すいませんでした」
頭を下げてその場から離れようとした。
「律子も動かれへんのに、ようやるな」
その言葉に足を止めそうになった。が、振り向かないで路地を出た。
*
公園へ着くと、空いていたブランコに座った。
あのおばさんたちは、律子をあまりよく思っていないようだ。
そのことがわかってショックだった。
どうすればいいのかと考えても何も浮かばない。
目は自然に、缶ケリ遊びをしている達也を追っている。
「みのるくん。だいじょうぶか?」
雪子が稔の目の前にきた。
ハアハアと肩で息をしている。
「ごめんな。考えなしで家まで行って、迷惑かけてしもたわ」
「ええねん。おばちゃんたちは、いつもあんなんやから」
雪子は、小さく溜め息をついた。
「ゆきこもお姉ちゃんも、へいきや」
顔を上げて白い歯を見せた。
もっといろんな陰口をいわれているはずなのに、気にしないようにしているみたいだ。
急に雪子が大きく見えた。
どこか空の高いところで鳥が鳴いている。
見上げると、鳥の影は見得なかったが、飛行機雲が消えかかっていた。
稔の胸の中に、どうしようもない不安がくすぶっている。
このままにしておくわけにはいかない。
稔は華房の家へ行って、直接訊くしかないと思った。
ユーカリの樹 7 に続く。
すぐに雪子が走って来た。
「さっき、うちにおきゃくがきたわ」
「六年生の大宮やろ」
「なんや、知ってたんか」
「ここに来て、次の交換会のことを教えてくれたわ」
「エンピツとかけしゴムとか、いっぱいもってきてくれはった」
「それは、よかったな」
「おとなもいっしょやった。お姉ちゃんいややいはったけど、しゃしんをうつしはったんや」
「えっ、そんなこと、聞いてへん」
稔は何があったのかを訊いたが、雪子はよくわからないといった。
「律ちゃんに、訊きにいくわ」
「お姉ちゃん、会いはらへんと思うわ」
「でも、心配や」
稔は走り出した。
追いかけてくる雪子の足音が聞こえても、スピードを緩めなかった。
*
路地を抜けて、律子の住む一画に入ると、井戸端にいた数人のおばさんたちが一斉に視線を向けて来た。
稔は頭を軽く下げて通り過ぎた。
「律ちゃん!」
律子の家の前に立った稔は、大きな声で名前を呼んだ。
「みのるやけど、何があったんや」
耳を澄ませたが、返事も物音も聞こえてこない。
「律ちゃん! 中に入るで」
稔は一歩踏み出した。
「あかん! 帰って」
悲鳴のような鋭い声が、家の中から飛んで来た。
「律ちゃん!」
もう一度、大きな声をだした。
「なんで、ぼくと話してくれへんねん」
引き戸は手の届くところにある。
このまま、入ってしまおうかと手を伸ばした。
「あんた。律子が嫌やいうてるやろ」
声と一緒に肩を掴まれた。
顔だけは見知っている近所のおばさんだった。
後ろに立っている三人のおばさんも、怒ったような顔をしている。
「小学生のくせに、もう色恋沙汰(いろこいざた)か」
「そんなんと違うわ」
「なんや。わてらに文句いわんと、さっさと家へ帰り」
「みのるくんをいじめんといて!」
雪子が駈けこんできた。
「なんで、わてらが悪者になるんや」
「どれだけ、迷惑かけてるかわかってるやろ」
「そんなこというてええんか。もう面倒みたれへんで」
おばさんたちは、雪子をちらりと見やりながら口々にいった。
「……ごめんなさい」
雪子が下を向いてしまった。
稔は予想外の展開に言葉を失った。
これ以上ここにいると、律子の迷惑になると思った。
「すいませんでした」
頭を下げてその場から離れようとした。
「律子も動かれへんのに、ようやるな」
その言葉に足を止めそうになった。が、振り向かないで路地を出た。
*
公園へ着くと、空いていたブランコに座った。
あのおばさんたちは、律子をあまりよく思っていないようだ。
そのことがわかってショックだった。
どうすればいいのかと考えても何も浮かばない。
目は自然に、缶ケリ遊びをしている達也を追っている。
「みのるくん。だいじょうぶか?」
雪子が稔の目の前にきた。
ハアハアと肩で息をしている。
「ごめんな。考えなしで家まで行って、迷惑かけてしもたわ」
「ええねん。おばちゃんたちは、いつもあんなんやから」
雪子は、小さく溜め息をついた。
「ゆきこもお姉ちゃんも、へいきや」
顔を上げて白い歯を見せた。
もっといろんな陰口をいわれているはずなのに、気にしないようにしているみたいだ。
急に雪子が大きく見えた。
どこか空の高いところで鳥が鳴いている。
見上げると、鳥の影は見得なかったが、飛行機雲が消えかかっていた。
稔の胸の中に、どうしようもない不安がくすぶっている。
このままにしておくわけにはいかない。
稔は華房の家へ行って、直接訊くしかないと思った。
ユーカリの樹 7 に続く。