第158話 神威

文字数 3,250文字

新岐阜城 地下4階 大食堂
「本多忠勝か。。。尊天の加護を授かると言って、出て行ってから随分と経つのう。。。もし生きているのならば、今戻らずにいつ帰ってくるというのじゃ!」
唇を噛み締めながら、映像を凝視する武田信玄が、悔しそうに独り言ちる

「お館様 天女様の話ですと本多忠勝殿は、間違いなく生きているということです
お二人で交わした契で、生きている事だけは解るので何も心配ないと仰っていました」
真田幸隆が周囲に聞こえるように、やや声を張り進言する

「おお〜!!それであれば、その契とやらで、天女様の危機を悟り戻って来るやも知れませぬな!?」

「本多忠勝殿と言うのは、どのような御仁なのでしょう?」

「元は、今は亡き徳川家康殿の家臣で、あの天女様の婚約者のようですな」

「天下無双 日の本一の槍の遣い手だと聞いておりますが」

「あの天女様の心を射止めるとは、只者ではござらんな!? 羨ましい。。。」

「本多忠勝殿か〜。。。戻って来てくださいませんか〜!」

「本多殿!戻ってきてくだされ!!」

「このままでは、みんなが死んでしまいます。。。忠勝殿〜戻って来て下さい!!」

「天女様が死んじゃうよ!? 戻って来て!!」

「「「「「「「「「本多忠勝殿!!!!」」」」」」」」」

本多忠勝を知る者も、知らぬ者も、その名を口にし始める
この窮状を覆せるのが、本多忠勝であると信じて



魔王殿から通じる天界
滾々(こんこん)と説教を聞き続ける 本多忠勝
[ん? この辺で休憩にするか。。。]
「それは、有り難いが、先ほどから、どうも尻の辺りがむずむずとするのだが?」

[水でも浴びてきたらどうだ?]
「いや、そういう事ではなく、何か落ち着かないと言うか。。。何なのだろう?」

[今のお主は、この世界では、半分が精神体だからな生理的な欲求など無い筈なのだがな?]
「今まで何の疑問も抱かずに話をしていたが、そもそもあんたは誰なんだ?声から察するに男だと思い込んでいたが、よく聞いていると女のようでもあるし。。。姿を見せることは出来ないのか?」

[私に性別などないよ この天界を統べる者でもあり、お前が生きてきた世界の監視者でもあり、毘沙門天でもあり、千手観音でもあり、護法魔王尊でもある 実体のない虚無だとも言えるのだがな。。。本多忠勝よ、時は満ちたようだ 何度も言った事だが、お前の居た世界に厄災が満ちた時 人々の救いを求める声に応える者、それが尊天の加護を授かった者だ もしお前が敗れる事があれば、お前の居た世界は終わると知れ、よいな?]
「随分と突然だが、元の世界に戻れるという事か?」

[ああ そういう事だが、お前を求める人々が居るという事は、逃げ場も無い窮地に陥っているという事だ 覚悟して戻るのだぞ]
「やっと。。。天女様に、我が妻に会えるのだな。。。」
突然告げられた幸運にもんどりを打って喜びを表したい気持ちをぐっと堪える

[どうもお前には、一抹の不安が拭えぬのだが。。。まあ致し方ない 後にも先にも
尊天の加護を授けられたのは、お前ただ一人なのだからな これを返すぞ]
天を見上げながら話していた忠勝の右手に愛槍【蜻蛉切り】がいつの間にか握られている
それをまじまじと見つめる 本多忠勝
「久し振りだからなのか?神々しく感じるのだが?」

[お前と共にその槍もここで修行をしていたという事だ 神槍【蜻蛉切り】だ
その槍にお前の神通力を通してみよ]
言われた通りに蜻蛉切りを両手で持ち 神通力を通すと巨大な穂先が蒼白く光り
血管のような幾何学模様が浮き上がり 蒼く脈打つ
と同時に忠勝の山伏の衣装が湧き上がる覇気に捲れ上がり 肩まで伸び切った髪が逆立つ
袖から突き出した 上腕を見ると皮膚までが蒼く光り、どくどくっと血管が脈打つ
「俺は、青鬼になったのか!?」

[よく見てみろ!その鼻が見えるだろう!!]
目を寄せるまでもなく、自分の顔の中心から突き出した蒼い鼻が確認できる
「邪魔なんだが。。。天狗になったという事か。。。? それにあれほど長い蜻蛉切りが、随分と短く感じるのは、俺が大きくなっているという事か!?」

[大天狗だ! そして蒼い光は、お前の神威だ その槍に神通力を通した時だけ、その姿となり神威を使う事が出来るというわけだ]
「長い間お世話になりました この御恩は民を仲間を救い返したいと思います」
片膝をつき 頭を垂れる 本多忠勝

[うむ あの星は任せたぞ、正直に言うが、お前の元いた世界を脅かしている生命体だが本来この宇宙に存在するはずの無い者なのだ。。。魔王と名乗っているようだが、そんな称号を許可した覚えなど無いのでな、奴の力は未知数ではあるが、死ぬでないぞ]
「魔王。。。?」

[こことは異なる宇宙、異なる次元から紛れ込んだ異物と言うことだ おそらく奴の居た世界の称号なのだろう この宇宙にその存在を許すわけにはいかんのだ 頼んだぞ]
「承知しました! では、これにて」

[ふむ 達者でな。。。]
踵を返し、走り去る 本多忠勝を見送る
しかしすぐに立ち止まり、天を仰ぐ
「どのように行けば、帰れるのでしょう〜?」
大声で天に向かい叫ぶ 忠勝

[聞かずに走り出すから、知っているのかと思ったぞ その天の川沿いをずっと下って行けば帰れるぞ 
決して飛んではならん、それと振り返ってもならん よいな!]
再び走り出すと川を飲み込むように黒い円がぽっかりと口を開けている
躊躇せず、その円に飛び込むと春のように穏やかだった気候から 極寒の深夜の冬山のような寒さに身を震わせる 脇を流れていた川も水の流れではなく、細かな星々の流れる
川に変わっていた どのような仕組みなのかと振り返りたい衝動に駆られるが、決して
振り返るなという天の声を思い出し前だけを見つめ、天の川の光を頼りにひた走る
暗闇に目が慣れてくると、自分の上下左右すべての方位に星が散らばっており
正面から、火竜よりもさらに巨大な蜥蜴のような生き物が忠勝の横を流れ去っていく
一瞬の出来事にまた振り返りたい衝動に駆られるが、正面を見据えていると
今度は巨大な蜥蜴に翼の生えた翼竜が生気の感じられない目を見開き通り過ぎる 
ー『ここは一体、何なのだろう?』ー
その後も大陸の書物で見た象と呼ばれる生き物や、人の背丈ほどもある猿などが流れ去っていく
この時、本多忠勝が見ていた物は、この星の生物の歴史であり もしも振り返っていたら
同じ星でも、違う時代に放り出される事になっていた
素直で実直な忠勝の性格が功を奏したわけである
「天女様!天女様!天女様!天女様!天女様!天女様!天女様!天女様!」
振り返りたいという誘惑と戦うために、愛する者の名を掛け声に、ひた走る 忠勝であった


悲痛な人々の叫びに、目を覚ます 茶々と真田幸村
半分までもいかないが回復した魔力を確認し、みんなが喰い入るように見つめている壁面の映像に目を遣る 
氷壁の北側が崩れ落ち、地上階の床面も所々に大穴が開き、地下1階が露出している
撃ち漏らし上空から降下してくる魏頭魔が大穴から内部に入り込み自爆する衝撃が大食堂を震わせる
「天武のみんなは?」
数人づつが集まり、背中を預け侵攻してくる怒愚魔を押し返し あちらこちらで巻き起こる爆風に耐えながら 障壁を展開し上空の魏頭魔を敷地外へと追いやる
「茶々ちゃん!僕は行くよ 魔力の切れたみんなをここに戻すからね怪我の治療を頼む」

「幸村君 今から行っても。。。もう駄目かもしれない。。。」
青い顔で唇を震わせ、幸村の手を引く 茶々

「茶々ちゃん!諦めたら駄目だ!まだ誰も諦めてなど居ない 行ってくる!!」
茶々の手を優しく解き 駆け出す 幸村

「「幸村!!死ぬなよ!!」」
その背を見送る 茶々と真田幸隆と昌幸

地上階へと飛び出ると、回復したばかりの魔力の大半を使って、氷の精霊フラウを呼び
氷壁を補修し、瞬時に屋根を掛け 氷のドームを完成させる
急激な魔力の放出に片膝をつく 真田幸村
「僕だけ休ませてもらって、ごめんなさい みんなもちょっとでも休んで下さい」
へなへなと腰から砕け落ちる 天武の面々



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