第18話 信長の憂鬱

文字数 3,339文字

岐阜城 天守閣 
西洋の豪奢な椅子に腰掛け 一人佇む この城の城主 織田信長 話す相手は居ない 
目を閉じ、先程からボソボソとなにやら独り言を呟いている

「あれは不味かった しかし正月早々 家康めが家臣のいる前で武田信玄に降伏しろとは
さすがに看過できんだろ?
こっちは平手汎秀を討たれて日も浅いのに。。。思わず抜いてしもうたものな。。。
家康の落ち着き払った顔を見たら さらに血が上って もうどうにでもなれって。。。
光秀も秀吉もすぐ隣りにいたんだから止めるだろ?
もし止めてくれてたら 上手いこと芝居して刀を鞘に収めたよ。。。
普段から 自分の意に背くものを(ことごと)く粛清してきたツケだな
俺に意見するのも命がけじゃあ 止めないよな〜
さらに悪いことに天下布武の旗印に包んで送り返せって!
もう言い訳もできないし。。。本当に包んでたときには、言いたかったよ 
やっぱ それは、やめようって。。。。言えないよな〜 

一応 念の為くっついてきた従者たちは、それなりの待遇で軟禁して情報を聞き出してはいるが
三方ヶ原では。うちと徳川の死傷者2000に対して武田軍200って、おかしいだろ?
しかも負傷者のすべてがその日のうちに回復してピンピンしてるとか、なんの冗談なんだか知らないが
三方ヶ原に天女と龍神殺しが降臨して武田に助力を約束したとか
徳川の縁故の者たち全てが武田に付くとか あと北条もいるのか
もう 何がなんだか 信玄が重い病だと乱波(らっぱ)(忍者)から聞いていたのに 
天女の奇跡に触れ全快だと!?
龍神殺しにいたっては、30分で浜松城の500もの兵を一人で撃破って はっはっはっは
あの本多忠勝を秒殺って 本当なら笑うしかないよな 桶狭間以上の危機なのは、間違いないな
あの時は、2千対2万5千でやけくそで突っ込んで、油断していた今川義元の首を取れたけど 
武田信玄は油断しないだろうし 家臣団の出来が違うものな。。。
そもそも浅井長政が裏切ったのが痛い おかげで比叡山を焼くことになったのも浅井さえ裏切らなければ
逆上して焼き討ちなどしなかったのに 可愛い妹をやったのに裏切るとか。。。

悪いといえば、将軍義昭公な 京まで連れて行って
誰が将軍に就かせてやったと!? 俺の手のひらで踊っていればいいものを、調子に乗って信長を討てって
書状をアチラコチラの 武将に送るか? 領土も兵も居ないのに おかしいだろ?
おとなしく傀儡となって、将軍の座に胡座をかいていれば良いものを 京より追放だな

いかんいかん 愚痴ばかりになっているな

で? 現状は、岡崎城に武田、徳川が集結していると
なになに? その数1万3千と。。。思ったより少ないな?
あそこからだと。。。水野信元のところは、守りきれんか。。。
徳川縁故のものが多くて、何が起こるかわからん

佐久間信盛の鳴海城で迎え撃つのが得策か?
いやいや 築田広正の沓掛城を見殺しにはできんだろう?
佐治の大野城に先に行ってくれたら、時間稼ぎは出来るな。。。
おお! そうだ対武田に用意していた 鉄砲をすべて持たせよう
練度に少々不安があるが、背に腹は変えられん
さて今日も織田信長を演るか!」

おもむろに立ち上がり 両頬をバシンっと叩いて気合を入れる
ビードロ製の呼び鈴を振りならし

「蘭丸! 蘭丸はおるか!!」 階下に向かい叫ぶ

「殿 お呼びでしょうか?」 階下で待機していたのだろう

「ふむ 羽柴秀吉と柴田勝家、あと明智光秀を呼べ」

「はっ ただちに」一礼すると脱兎のごとく駆けてゆく 森蘭丸



「殿 お待たせ致しました 3人をお連れしました」

「ふむ 柴田よ、お主のところから兵を1万と前田利家を出せ 羽柴秀吉 お主のところも1万
お主が、総大将で前田利家を副大将だ 合わせて2万の兵と岐阜城にいる鉄砲隊を全てをお前に預ける 
それらを連れて鳴海城へ行き 佐久間信盛と共に武田を迎え撃て それと、すぐに早馬を出し沓掛城の築田広正に城を捨て鳴海城に合流するよう この文と口頭で伝えよ 武田、徳川連合軍で1万3千と見ているが 勝てるか?」

威風堂々 流れるように指示を出す そこには迷いも躊躇も一切が感じられない

「はっ 必ずや殿のご期待に添える働きを! 勝ってみせまする!」
卑屈なまでに額を床に擦り付ける 羽柴秀吉

「ふむ 励め!」 

「はっは〜」さらに額を擦り付ける

「そして柴田は、朝倉を 光秀は浅井をそれぞれ牽制せよ 決して武田に通じさせぬようにな」

「「はっ 畏まりました!」」

「励め!!」それだけを言うと 赤いマントを翻し奥の間へと消える

            〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

「天女殿、誠に徳川信康と本多忠勝だけを連れて 水野信元の所へ行かれるのか?」
信玄が心配そうに眉をすぼめる

「ええ 信康様の祖母も大伯父様も居りますし 家康公のお悔やみも申し上げなくては 
なんでしたら私と信康様を婚約者ということにして、入り込むのも面白いですね」

「天女様、私には正妻が居ります 申し入れは、誠に有り難いのですが。。。さすがにひと回り以上」

「はっ? 正妻?? 信康様はお幾つでした?」
信康の最後の台詞を、言わせないとばかりに被せる

「13歳です 元服は、済ませております ちなみに妻も13歳でして結婚4年目になります」
頬を赤らめ チクチクといらない情報を入れてくる

「さて!忠勝殿 異存はありませんね!」強引に話を反らしたようだ

「もちろんにございます 天女様の手足である拙者に是も否もございません」
妙にちぐはぐな3人に1人不安な信玄であった

「お館様 私達が戻り次第 鳴海城に向け出陣でよろしいですね 準備をお願いします」

「大野城(知多半島南端)と沓掛城は、放って置くのか?」

「どちらも戦わずして、取れますので 放置でよろしいかと」

「天女殿が、そう言うのであれば そうなのであろう うむっ では、帰るのを待つとしよう」

             〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

刈谷城までは、歩いても半日も掛からぬ距離である
家康の長男である信康本人の来城に、入城の許可もすぐに降り 本丸の奥の間に通される
信康の祖母である、於大の方様を椎ノ木屋敷まで呼びに行くので、しばらく待つようにと言われる
広い座敷に3人で待つ

「信康様、この地の名物は、何なのでしょう? 美味しいものはありますか?」 どうやら空腹のようだ

「ございます 平たく伸ばした麺に出汁つゆを入れ、ここ刈谷で捕れた雉キジや山菜を具材にしまして
最後に葱やかつを節を載せて頂くのですが とても美味しゅうございます 名前を雉麺と言っていたのですが
最近では、きしめんで通っているようです」 信康も空腹のようだ

「その平たい麺というと、ほうとうのようですね? あの信州味噌で軽く煮込んだほうとうは絶品です」

「いえいえ きしめんは、あのような野蛮な麺ではなく つるつると滑らかで しっとりと優しい噛みごたえの上品な麺でございます 信州味噌でなく醤油味で頂きます」

ぐぅ〜〜〜っ ん? 顔を見合わせる2人 自分ではないと首を振る。。。 忠勝の腹の虫のようである

「味噌と言えば天女様!天女様のお好きな味噌田楽の味噌は岡崎城より八丁離れた村、八丁村で作られております 信州味噌のように米麹を使わず 豆麹だけで2年も熟成させて作られておるのです」
信康の郷土料理愛は、相当なもののようだ

「それで あの独特の苦味の中になんとも言えない旨味が生まれるのですね〜 
味噌田楽も好きですが、ほうとうも好きです 甲乙つけがたいですね きしめんも食べてみたいです」

ぐぅ〜〜ぐぅ〜〜〜っ 同時に忠勝を見る 素知らぬ顔で中空を見つめているが、顔が少し赤らむ 

「きしめんを食べられましたら ほうとうの事など忘れてしまう事請け合いにございます」
鼻を膨らませながら意気込む 信康

「それは、ますます食べてみたいです! お腹が空きました」

不意にゆっくりと開いていく襖 慌てて襟を正す3人

「久しぶりであるな 信康」水野信元がゆっくりと部屋へと入ってくる

「お久しぶりでございます 大叔父様 お祖母様」

「息災そうで何よりじゃ きしめん。。。用意させるか?」


どうやら聞かれていたようである ぐぅ〜〜ぐぅ〜〜〜ぐぅ〜〜〜っ ん?

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