第7話 武田信玄

文字数 3,700文字

「我が当主、武田信玄公を天女様に診て頂きたいのです わしの見立てですと
この冬を乗り切るのも厳しいかと。。。
もし信玄公が死ねばこの国は一層の混乱に包まれることとなります 何卒(なにとぞ)
さらに頭を下げる 徳本

「天女? 私がですか? まぁ ある意味では天から降ってきたようなものですが 杖も頂いていますし
良いですよ 参りましょう」

「おぉ ありがとうございます では早速 隣の陣幕へ」

「晴信殿(武田信玄)、天女様をお連れしました」

真田幸隆と軍議中の2人の間に割って入る 徳本

「何を申しておる 徳本先生 確かに天女の如き 美しきおなごであるが」
天女と呼ばれた女性に目を向ける 真田の当主であり 信玄の軍師である 真田幸隆 

「天女様、こちらが我らが当主 甲斐の守護大名 武田信玄公でございます」
病に侵されているに関わらず 異様なまでの威圧感を持った人物を紹介される

「晴信殿、こちらの天女様と縁を結べた事に比べましたら この戦の勝利など些事に等しき事
ちなみにこの戦の負傷者は、すべて天女様が治療してくださいました 
皆が、すぐにでも戦働きが出来るほどに回復しております」

「爺 杖はどうした? 腰も伸びておるの?」信玄の鋭い視線を受ける

「わしも治していただきました 20歳も若返ったようです この通り」
その場で軽く跳ねてみる 永田徳本

「失礼しますね」警戒心を抱かせない声音で、武田信玄の目を覗き込む

「肺を患っているようですね 苦しかったでしょう」慈愛に満ちた目で、信玄を見つめるエヴァ
座っている信玄の、その肩に手を置く ここ数年 常に険しかった信玄の表情が和らいでいる事に
この場に居たすべての者が驚き そして顔を綻ばせる

胸の前に杖を掲げ【命の鼓動よ 巡れ この者に命の息吹を】
2人を神々しくも暖かい光の珠が包む

徳本も珍念もへたり込んで、その光景を見つめる その他のものは皆 瞬きもせずに見つめている
数分が経過する 傷は瞬時に癒せるが 病は時間を要する

「あなた 凄い精神力の持ち主ですね 生きていたのが不思議なくらい蝕まれていました」
信玄の目を覗き込み、治療が終わった事を告げる

「まだ死ぬわけにはいかなかった。。。ものでな。。。」言葉が途切れ、信玄の目から大粒の涙が溢れ落ちる
立ち上がり 己の身体を見下ろし 両の掌を握り開く そして、また握り開く

「わしはなぜ涙など流しているのだ?苦しくない? 身体が動く!? 治ったのか!?
陣幕内にかっての太く重い信玄の声が響く

「おぉぉぉ〜」「お お館様!!」 「奇跡だ!!」声を震わせ咽び泣くもの 動くこともできずに惚けるもの
陣幕内が騒然とする

「先ほどは、失礼を致しました 我が主を救って頂きましたこと深く感謝致します」
真田幸隆が深く頭を下げる 両の眼が赤く腫れている

「天女殿 そなたに受けたこの恩義、何で返せばよいだろう?」真剣な面持ちで聞いてくる信玄

「お腹が空きました」頬を赤らめるエヴァ 

「「「「はっ??」」」」声を合わせる一同

「ですから、お腹が空いたのですが。。。」朝から何も口にしていないことを思い出す エヴァ

「ありったけの味噌と麺を用意せよ 大鍋でほうとうじゃ!!」

これほど満ち足りた戦場が過去にあっただろうか 誰もが笑顔で食事の支度に取り掛かっている
徳川との戦での大勝 いくらかの死者は出たものの負傷者は全員が治療され 長く患っていた信玄の回復と
厚く垂れ込めていた雲が一気に晴れたような解放感に皆が包まれていた

「幸隆よ 山県の所へ、行かねばならんのだがな。。。」

「保科正俊殿の軍 1000名を率いて先行して頂いております じきに合流するかと」

「槍弾正か それであれば安心か」

「ほうとうも煮えたようでございます あちらで温まりましょう」
すでに大鍋を囲んでいる エヴァと徳本の弟子たち

「わしも食うぞ! このように食欲があるのも久しぶりじゃ」信玄が高らかに笑う

「とても美味しいです このような戦場で温かいものが口に出来るとは しかしこの箸なるものは
よく考えられていますね 携帯にも便利ですし 無ければその辺の枝を削ればいいのですから」

「武田名物ほうとうを気に入られたようで何よりです 箸も初めてということですが上手に使いこなされて」
徳本が髭をしごきながら、エヴァの食いっぷりに目を細める

「このお肉はなんでしょう? ちょっと癖がありますが、この味噌によく合いますね」
4杯目のほうとうをお椀に入れる エヴァ

「今朝がた仕留めた鹿です 天女様に食べて頂き 鹿も幸せ者です」徳本の天女崇拝が止まらない

「わしも頂くぞ」エヴァの横に腰を下ろす信玄

「お館様、あちらに用意してありますが。。。」信玄の耳元で囁く幸隆

「天女殿の上座でなど食えるか こっちの鍋の方が美味そうじゃ」
若かった頃のようにほうとうを平らげる 

「美味い!!これほどに美味かったのじゃな。。。我が国のほうとうは。。。」
ー『わしはまだ生きられるのか』ー天を仰ぐ 信玄

「お館様に、伝令にございます」従者が告げる

「通せ」真田幸隆が答える

「山県昌景様より お館様への言伝でございます」
一見すると 百姓のように見える、伝令部隊の若者が真田幸隆の前で片膝を就く

「申せ」やや身を乗り出しながら あたりに注意を払い斥候の言葉に耳を傾ける

「浜松城落城!徳川家康降伏!捕虜としております!!」存外に大きな声で報せる 斥候
武田信玄が軍配を高く掲げ 勝鬨を上げる

おおおおおおぉぉぉぉぉっ!!!!!!! よっしゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!
聞き耳を立てていた、すべての者たちが沸き立つ
その報は、陣外に居る すべての兵士たちに伝播していく まさしく熱狂である

片膝を付いたまま、その場から動かぬ伝令の若者 顔を伏せ軍師の言葉を待つ

「まだ有るのじゃな、申せ」熱狂に包まれた陣内でこちらを伺うものは居ない
朗報のあとには、悲報と真田幸隆も心得ていた 

「甘利信忠殿、討ち死にでございます」

「甘利が。。。この戦勝を、共に分かち合いたかったのう」天を仰ぐ 信玄

「幸隆よ 出立とするか 山県と馬場を労ってやらねば」

「本隊5000で浜松城に入る 残りは正福寺、鴨江寺などに割り振るよう任せる 布施は十分にな 
乱取り(略奪行為)は、一切禁ずる 破った者は、厳罰に処す」
武田信玄は、元々乱取り否定派であったが軍の士気、糧食の不足、恩賞の代わりなど
様々な理由から乱取りを許す事もあった

しかし天女から貰った命に恥じぬよう 今後一切の乱取りを禁止する事を諏訪大明神に誓った

「これより浜松城へと向かいます 天女様も是非ご同行を」
永田徳本がエヴァに歩み寄る

「そこに、私の仲間でルイという者が居ると聞いております 連れて行って頂けますか?」

「なんと! 天よりのお使い様が天女様ともうお一人!?すぐに馬を用意いたします」

「う〜ん 天のお使いというわけでは。。。どちらかと言うと地中から這い出して来たという感じ?
実際によく地中に潜っていますし」

「それは面妖な そのルイ様も、天女様のように奇跡を起こされるのでしょうか?」
徳本のキラキラとした視線が痛い

「いえ 回復系の魔法は使えません 攻撃に特化していますね戦闘狂です」

「それは頼もしい 陰陽氏の術は、今は魔法と言われるのですか、不勉強でお恥ずかしい限りです。。。では馬を用意してまいります」納得したように、頷く徳本

1人残されるエヴァ、周囲の者たちからの尊敬と感謝に満ち満ちた視線を一身に受ける 

ー『この国には、回復魔法が使える者は居ないようですね 陰陽氏と言われる方々は
どのような術を使われるのか楽しみですね』ー

陽も暮れ始め、松明が所々灯る5000人の大行進

「あの。。。私が歩きますけど」手綱を引く徳本に馬上より訴える この台詞は、すでに3度目だ
60歳になろうかという徳本を歩かせ、20代前半にしか見えない、自分が馬上というのが、どうにも居心地が悪い

「なりませぬ! 天女様を歩かせるなど もってのほかでございます」この台詞も3度目になる

「天女様のおかげで、足も腰も痛いところがございません このまま甲斐国まで歩けそうな程でございます
ホッホッホッ」
足取りも軽く、上機嫌に笑う 永田徳本

「その浜松城には、後どのくらいで到着するのでしょう?」

「あと1時間程でございますな ごゆるりとお休みください」
あと1時間も、この居心地の悪さを耐えねばならないのか。。。

「徳本!! 私は歩きたいのです!!!貴方が馬に乗りなさい 命令です!!!」もうヤケである

「はっはっ 直ちに」エヴァが降りると 慌てて馬によじ登る 徳本 冷や汗までかいている

ー『ちょっと気の毒だけど 言ってみるものだ』ーご満悦である

少し前を歩いている、武田信玄を中心とした重臣の歴々から噛み殺した笑い声が聞こえてくる
ずっとエヴァと徳本の会話に聞き耳を立てていたようだ

この方達と出逢って数時間ではあるが、なんとも言えない居心地の良さを感じていた 
アランやブルートの事など心配なことも沢山あるが、前向きな気持ちでいられるのも 
超楽観的な彼女の特性であろう
何気なく、異国の空を仰ぐ

「あら!? 月が!?


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