第6話 天女降臨

文字数 4,051文字

「うぅん〜 ここは。。。? ベヒーモス!!」起き上がろうとするが、身体が重く 
軽い目眩(めまい)を感じ、額に手を当てる

「&^%$#@*&;%$#$!!」 

すぐ横に片膝をついた男が、聞いた事のない言語で話し掛けてくる

「アランは?ルイにブルートは? わかりますか?」(かすみ)のかかった頭を振り 状況を把握するために半身を起こす

「&%^#$???」不思議そうな顔をして 顔を覗き込んでくる若い男

どうやら、ブルートの転送魔法で言語の異なる異国に飛ばされたという事か。。。
この人の着ている服、東方の島国の民族衣装によく似ている 
行ったことはないが、依頼で行った港町に交易のために来ていた彼らを見かけた事がある
黒髪、黒目と我が国と共通している容姿に親しみを覚えた事を思い出す

「とりあえず、翻訳を常時発動!」魔力もほとんど回復しているようで抵抗なく発動する

「気が付かれましたか? どこか具合の悪い所は、ありませんか?」

「あ はいっ 大丈夫なようです。。。ここはどこですか?」

「三方ヶ原 浜松城の近くです」 話し方も優しく 誠実そうな印象を受ける

「えっと 貴方が助けてくれたという事でしょうか?」

「いえ 私の主 山県昌景が戦場で倒れた あなたを見つけ、ここまで運んで来ました
安心してください 戦は、もう収束しています」

「戦場。。。? 私の服や杖は??」 見覚えの無い、白い着物を自分が着ていることに気が付く

「何も持っていませんでしたし。。。着物も。。。ここには、女手が無いもので私が」

「。。。。。。。。はっ!?。。。。。」どうやら下着を着けていないようだ 

「あの 大丈夫です 見ていません目をつぶって着せましたので!」
何が大丈夫なのか、まったくわからないが 自分より年が若そうな彼を責めるわけにもいかない

「いえ ありがとうございました」うつむき消え入りそうな声で礼を言う

「あの。。。ルイ殿という方は、お仲間ですね? 我が主と共に浜松城へと向かったようです」

「はい!ルイは無事なのですね!? 良かった。。。」

「はい 陰陽師と聞いております たいそうお強いとか」

「陰陽師? まぁ 強いのは強いのですが」この国の言語に魔術師という単語は無いようだ

「とにかく、我が主に貴方をお守りするように命じられております これよりお館様の本陣と合流します
 馬を用意しますので少々お待ちください」

ー『とりあえず、状況を整理しなくては。。。ベヒーモスとの戦いの最中、ブルートの転送で飛ばされた
念話でブルートに呼びかけるが、応答はなし ルイは、どうやら無事だと。。。アランは?
どうやら ここは戦場で裸で放り出されて。。。山県昌景という方に助けられ今に至ると。。。
わかっていることは、これだけ 心細いはね
まずは、ルイに会う事が先決ね ルイの空間収納に着替えも、予備の杖も有るでしょうし』ー

馬に揺られること数十分 目的の本陣が見えてくる 兵や従者が慌ただしく出入りをし
戦のそれとは違った、不穏な空気に包まれた気配を感じる
手綱を引いてくれていた若い従者もここで待つように言い残し 本陣の中へと消えて行った

ー『こんな所にか弱い女の子を、置いていくのね ちょっと怖いんですけど』ー
エヴァは視覚、聴覚を強化して状況の把握に努める
本陣の立派な軍幕の裏手に簡素な幕で仕切られた場所に聴覚を集中させる

「うぅぅぅ。。。」 「痛い 痛いよ~」 「戦は終わったぞ もうすぐ帰れる!しっかりしろ!」

「オラの右腕。。。誰か血を止めてくれ」 「母ちゃん〜」

負傷者が集められているようだ この国の医療技術への興味と手伝える事があるかもと
馬から降り、簡素な幕の中を覗く 50人以上の負傷者が茣蓙(ござ)に横たえられている
清潔とは思えない布で傷口を拭く者 薬草のような物を患部に当てるだけの治療

ー『ここには、回復魔法を使える人は居ないの? あの人 死んじゃうよ しょうがない!』ー

「あの 手伝えると思うのですが いいですか?」水桶を持ち、忙しそうに駆け回る少年に声を掛ける

「えっと? 助かりますけど その綺麗な着物が汚れてしまいますよ?」

「構いません では失礼します」先ほど目を付けていた、もっとも傷の深そうな兵士に駆け寄る
太腿の肉が抉れ 間もなく失血死するであろう 杖が無いので 傷口に右手を翳す
すると傷口が塞がり始め 苦痛で歪んでいた兵士の表情が和らぐ 失った血を補うため
兵士の胸に手の平を当て 心臓に直接 血を送り込むよう脳内に描く“トックン トックン”
すると正常な鼓動を刻みだす 兵士の心臓

「これで、とりあえずは大丈夫! しばらくすると目を覚ますと思う」
少年は、きれいに塞がった傷口と 生気の戻った兵士の顔を見て 目を丸くして呆けている

「重症者は、まだ居るのよ」少年の額を軽くつつき 正気に戻すと
少年は、水桶をその場に置き 走り出す 

「先生! 永田徳本先生!!」

「先生! 徳本先生!!」本陣の裏手の幕をめくり 顔だけ突き出し師匠を呼ぶ

「なんじゃ珍念、忙しい ちょっと待っておれ」薬の調合中で顔も上げずに弟子に返事をする


「晴信殿(武田信玄)、 黄金花(こがねばな)の根っこを煎じた薬じゃ 血の巡りを正常にする薬効がある
飲むが良い 楽になると思うぞ」
誰もが恐れる武田信玄に、このような横柄な口を聞けるのも
信玄の父、信虎の時代から侍医を勤める 永田徳本(ながたとくほん)だけであろう
昨年から、信玄がときおり吐血するようになり、今回の遠江侵攻に同行していた
つい先程も、胸を抑えうずくまる信玄に薬を処方したが、期待したほどの効果は得られずにいた

「徳本先生、いくらか楽になった 浜松城城下の山県と合流せねばならん」
戦場で横になる事を拒み続ける信玄

「いま少し、休まれたほうが良い 日暮れまでには、まだ時もある 山県殿なら心配せんでも大丈夫じゃ」

「榊原康政が残党を集めて、浜松城に向かうという(しらせ)もある あまり休んでいるわけにもいかぬ」

「晴信殿、そのような様相で戦場に顔を出してみろ 山県殿も安心して戦えんぞ?
今は己の体の事だけを考えるのじゃ 暫し休めば顔色も戻ろう」信玄の納得したような顔を見て
待たしていた珍念の方を振り返る

「なんじゃ珍念?」顎髭(あごひげ)をしごきながら珍念に歩み寄る

「先生! 天女のように、ものすごく綺麗な女性が。。。とりあえず、来て見てください!!」

先ほど、自分が見た事象を言葉にするのがもどかしく 師匠の手を引く珍念

「珍念、わしも綺麗なおなごは見たいが、今はこの場を離れるわけにもいかぬ」

「違います! いや違うわけではないのですが、見て頂きたいのは
その天女様は、千切れかけた足をくっつけたのです!」

「珍念。。。何を馬鹿げたことを申しておる さては、居眠りをしておったな? 夢でも見たのじゃろう」

「先生! すぐそこです 私の言っていることが嘘でしたら 後でいくらでもお叱りを受けます」
自分で目にしても、信じられぬ事を他者に言葉で信じさせることは不可能である
言葉で説得することを諦め、さらに強く師匠の手を引く 珍念

「わかった珍念 強く引っ張るな! おい そこの者、お館様が動いたら、すぐにわしに知らせよ」
近くにいた従者に命じる徳本


負傷者を集めた天幕内に入ると 明らかにこの場には不似合いな 眩いばかりに輝く存在がそこに居た
実際に回復魔法を脳内で詠唱しているエヴァは、神聖魔法の特性で輝いて見えるのだが
右手を患者の弓矢の刺さった右肩にかざしながら、左手で矢を引き抜く
矢を抜くときの痛みといえば、屈強な兵士でも気を失うほどの激痛であるにも関わらず
当の患者はというと、抜かれたことにも気づかない様子で安堵の表情を浮かべている
矢を抜いた傷口に、さらに右手を近づけると徐々に傷口が塞がっていく

「何が起きているのじゃ。。。。」言葉を発した口を閉め忘れ (あご)が外れんばかりに呆ける 徳本

「ですよね 美しいですよね 天女様もですが この治療が美しい」話が噛み合っていない 師弟
天幕内を見渡すと 溢れていた重症者は見当たらず 茣蓙に座るもの 立って話をするものまで居る

永田徳本が、よろよろとエヴァに歩み寄る

「天女殿。。。。。」

?? えっと 私ですか?」 振り返るエヴァ 白く長い口髭を蓄えた徳本を見る

「あっ!! その杖は 素材はなんですか?」

「ふむ この杖は先代 信虎様から頂い ウォッ」言い終わる前に徳本の左肘を支え 右手から杖を奪う

「これは、ブナの木ですね しかも樹齢500年 私との相性は う〜〜ん 良さそうです
ちょっとお借りしますね 魔法を付与しても宜しいですか? この子なら耐えられると思うので」

杖を胸の前で浮かせる 「効果範囲増幅」本来ならば無詠唱で唱えるのだが 借り物の為に持ち主に
なんの魔法を掛けたのかが わかるように詠唱している

「治療を受けていない方、まだどこか痛いという方は私の近くまで来て頂けますか 
歩けない方は、近くの人が手伝ってあげてください」
ぞろぞろとエヴァの周囲に30人ほどが集まってくる

「では、【慈愛に満ちたる天の光 天使の息吹となり 傷つきし者を癒やし給え 天光治癒】」
エヴァを中心に暖かい光が満たす 傷ついた者の心までを満たすように
傷を負った者 骨が折れた者 熱にうなされていた者 すべてが癒やされた

「天女様だ。。。」 「ありがたや ありがたや」 「女神様〜」
その場で拝む者 涙を流してひれ伏すもの エヴァの足にすがる者まで居る 

「皆さん 命は大切にしてください」エヴァが優しく微笑む

エヴァの居た国では、回復魔法は高額であるが 使い手はそれなりに居り ここまで感謝される経験はない

「その杖ですが 天女様に差し上げます わしの膝と腰の痛みも癒えております もう必要ありません」
目を潤ませエヴァを見る徳本 エヴァのもっとも近くにいたので効果は絶大であった

「ありがとうございます 大事にしますね」服に続き 杖まで貰ってしまい上機嫌のエヴァ

「天女様にお願いがございます」平伏す 永田徳本 
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