第3話 三方ヶ原の戦い 空城の計

文字数 4,289文字

「その前に、おぬしにも着るものが必要だな 余っている具足はなかったか?」

「俺には、必要ない そこの男が履いている短い袴が動きやすそうだな それと草鞋(わらじ)というのか? 
それだけ頼む この(たすき)は気に入っている」転移後 初めて笑顔が溢れる ルイ
長年共に戦ったアランの事や、転移後 念話で語りかけているが、まったく返事のないブルートの事も
気になるが 今は、自分とエヴァの身の安全のためにも、この戦を早く終わらせる事が先決だった。

「ふむ まあ良いか 襷でなく軍旗じゃがな。。。敵味方の区別は、大丈夫だな? 
赤黒でもよいが胴鎧に三つ葉葵が入っているのが敵だ」
陣の隅に転がっている、黒い胴鎧を指差す

「なるほど 討ち取った首級を持って走り回るのか? 邪魔なんだが。。。」空間収納に入れるといいのだが、人前では利用を躊躇う 空間収納も空で、まさに裸で放り出させれた2人にとって 
今は、敵を倒して得られる報奨金が(貰えるとは確認していないが)頼りであった。

「ふむ 胴鎧のみの足軽は、鼻だけ削げばよい 兜を被ったのは大将首だからな 首級が必要だ この袋を渡しておく」 麻で編んだ丈夫そうな袋を受け取る

「そろそろ準備はよいか? あそこに見えるのが敵の本陣だ最短距離で行くぞ 合図を出せ!!

従者が太鼓を“ドンッ!ドンッ!ドンッ!!”3度叩くと 山県の陣に向かって山県昌景の兵士が集まってくる

「この雰囲気がたまらないね〜 残り魔力に不安があるが この十文字槍にも強化魔法を付与しておくか」

土魔法による硬化の魔法を付与する これにより木製や通常の金属の盾や具足であれば、いくら貫いても折れる事はない
わずかの間に200人ほどの兵が集まり 号令を待つ

「皆の者よく聞け! この戦、もはや武田の勝ちは揺るがん あとは徳川の首を取るのみ!!
 我に続け!!!!」

戦功をあげようと男たちの雄叫びが響く 敵本陣では1000人ほどの兵が本陣を守り
四方から迫る 武田軍に対して、そこかしこで小競り合いが始まっているのが、この場からでも見える
200人ほどだった山県の軍だが、行進するに連れ人数が増えていき正面から敵本陣に向かう
ルイはと言えば、先頭を駆け、一人で切り込みたい!という誘惑と戦いながら 
騎乗した山県の前方で飛来する弓矢から山県を守ることに徹していた
数本の弓矢を弾きはしたが 放っておいても山県まで届いた矢は無いのだが。。。
しばらく隊を進めると、左前方の藪の中から 風に乗って火薬の匂いが漂ってくる

「山県。。様 あそこの藪に火薬を使った飛び道具の匂いがする ちょっと行って殲滅しくる
ここで待って居てくれ」
そう言うと 縮地術を使って藪の中に切り込む

山県の目の前からルイが消え去り、ダンッ! ダンッ!!鉄砲の音が藪の中から聞こえてくる
山県の周囲を従者が囲む ルイの動きを見ていた従者達は「奴は忍びか? 物の怪なのか??
などとざわつく
3分も経たずに数丁の鉄砲を抱えた ルイが出てくる

「鼻を削いでいたら、遅くなった この飛び道具だが金になるか?」少年のような笑顔で聞いてくる

「ふむ ご苦労であった 金か? もっと良いものになるぞ ハハハハッ」従者に10丁の鉄砲を預ける

ー『まさしく物の怪であるな、飼いならすことが出来れば とんだ拾いものだぞ』ー

「ルイよ お主は、何が望みじゃ?」

「うん? はぐれた仲間を探す事と出来れば、エヴァや仲間と国に帰りたいな」

「そうか それであれば協力は惜しまんぞ」

「ありがとう 俺も絶対にあんたが死なないよう守るから 安心してくれ エヴァを助けてくれたしな」

いよいよ、山県隊の先頭の集団が敵本隊とぶつかり合い 隊が横に横にと広がっていく

徳川軍 本陣内
わずかな従者を従え、馬上より戦況を見守る 徳川家康のもとに
浜松城の留守を任せたはずの夏目吉信が駆け寄る

「夏目、なぜおぬしがここにいる? 城の留守を申し付けたはずだぞ」

「殿! お叱りは、この命を持って償わせていただきます。 何卒 いったん城までお引きください」

「馬鹿を申すな、これだけの家臣を死なせて ワシだけ城に戻れるか!これより打って出る!!」

「殿 それはなりませぬ この戦に負けても 殿が生きていれば 徳川は負けておりませぬ
こちらの鈴木久三郎殿が殿の影武者となりまする 本多忠勝殿の軍とともにお引きください」

「ワシは引かぬと申しておる!!

鈴木久三郎が家康の軍配を強引に奪い取る と同時に夏目吉信が手綱を取り乗馬の向きを強引に変えて
刀の鞘で馬の尻を強く打ち 走らせる

「本多忠勝殿 殿の事! 徳川の事! よろしくお願い致します」深々と頭を下げる

「夏目殿 お任せください 必ず殿を城までお守りいたします 叔父上も共に参りましょう」

「本多忠真殿も一緒ならば心強い!殿を頼みます」

「ワシの事は、よい!行くのじゃ忠勝!殿をお守りしろ!!」 一瞬ためらうが馬首を翻し 家康を追う忠勝

「夏目殿 本陣は、この忠真にお任せください」そう言うと旗指し物を地面に突き刺し
その場から、本陣に沿って10歩ほど歩き、もう一本の旗指し物を地面に突き刺す
この間は、何者も通さぬという強い意志が具現化させたかのように、両手を広げる 本多忠真

「ここより決して引かぬ!! お二人は本陣でお寛ぎください ガッハッハッハ」

「忠真殿の槍さばきを久しぶりに見れますな しかしご子息の菊丸殿は、浜松城にて籠城戦の準備をさせてはいかがでしょうか?」

「これはかたじけない夏目殿 確かに人手は要りますな 聞いたとおりだ菊丸よ殿の後を追い 手足となって働け!!ワシも追って駆けつける!!」

「はい 父上 必ず無事にお戻りください」

浜松城へと戻る馬上の家康 その周囲を本多忠勝の軍30名ほどで固める

「あやつら 必ず無事に戻らねば許さぬ。。。」頬を伝う涙を人知れず拭う 家康

家康にとって、これが初めての負けではない、負けではないが、これほどまでに手も足も出ずに、負けたのは初めての事である

ー『武田信玄とは、これほどか。。。 わかってはいたが、信長殿でも勝てる気がせぬ』ー

「忠勝!忠勝!!」先頭を走る本多忠勝に大声を張り上げる 家康

「こちらにおりまする殿」

「おぬしの叔父もだが わしに対しての、あ奴らの狼藉 許すわけにはいかん 城に戻ったら、あ奴らの嫁や子供 親族まで手厚く保護するのじゃぞ!!けっして困ることのないよう 十分な報奨もな」

「まったく困った叔父上です 夏目殿、鈴木殿の件もお任せください」

「それとな忠勝 城に残した兵は500にも満たぬ 武田は2万人以上を残しておる
どこからも援軍が見込めぬ以上 籠城戦にもならんな ハッハッハ」

「守りを固めて 織田に援軍を要請すれば?」

「織田殿も四面楚歌の戦いを強いられているというのに、此度の戦に5千もの援軍を預けて下さった
その大半が潰走とあっては、合わす顔もない そこでじゃ 城に無事戻れたら 門もすべて開け放ち 篝火を盛大に焚いて飯食って寝るぞ!」

「それは、面白い!城に戻るのが楽しみですな 殿!! がっはっはっは」

三方ヶ原から浜松城に本多忠勝を先頭に30余名の鎧武者が駆ける
騎乗した者3名 残りは徒歩であるが驚くほど早く健脚である
斥候が戻り、戦場の様子を告げる

「本陣は全滅、夏目吉信殿、鈴木久三郎殿、本多忠真殿 討ち死 甘利信忠の騎馬隊およそ50騎 
こちらに迫っております 間もなく追いつかれるかと。。。その後 山県昌景の大軍が続いてきます」

「これほど早くか!? 叔父上 必ずや仇を。。。おのれ武田め!! 仁成瀬、日下部、菊丸は殿と城へと急げ
残りはここで甘利を迎え撃つ 相手は騎馬隊だ、そこの林まで誘い込むぞ」

「忠勝 城の門は閉めずに待っているぞ!!」 

「殿 お急ぎ下さい すぐに追いつきますゆえ」馬から降り、日下部に手綱を渡す

「弓を持つものは、木に登れ! 木と木の間に縄を張って馬の足を止めるぞ」
街道を封鎖するように縄を張り、樹上に弓兵10人 20余名の忠勝の精鋭部隊が槍を持って街道を封鎖する
蹄の音が近づいてくる 赤備えの甘利信忠を先頭にした騎馬隊50騎 

「これは甘利殿 お久しぶりにございます」3年前の駿河侵攻で2人は面識があった

武田徳川の連合で今川、北条と闘い 徳川は駿河、浜松城を手に入れた
その後 武田、徳川間でいざこざはあったものの、当の2人は戦友として認め合っていた

「忠勝殿か 叔父上の忠真殿は、見事な最後でござった すでに勝敗は決している、そこを退いてくれることは、叶わぬか?」

「これは異なことを、叔父上も拙者も徳川が負けたとは思ってはござらん ここを通りたくば この首を取るよりありませぬ」そう言い【鹿角の兜】を叩き 通常の槍より、はるかに長く重い【蜻蛉切】を構える

「しからば、押して通る!!」馬から降り 名刀【峰光】を抜く

「殿にすぐに追いつくと約束しておりますゆえ」一息に間合いを詰め 中段に構えた甘利信忠の刀を払い上げ
石突で胴鎧を叩き割り、3メートルも吹き飛ばす 6メートルもの“蜻蛉切”を自在に操る姿は、まさに鬼神
味方には勇気を与え 敵に恐怖を植え付けるに十分な武勇であった 甘利信忠の喉元に穂先を突きつけ
一瞬の躊躇もなく横に払う
せめて痛みを感じぬよう そういった心情が伺える 一瞬の勝負であった
忠勝の形相が鬼のそれへと変わり 黒甲冑の鬼神が赤備えの騎馬隊に切り込んでいく
樹上から矢が降りそそぎ 馬上で防戦する騎馬隊 数の利は、あるもののそれほど広くはない街道では
全員が通常より長い槍を持つ忠勝軍に対し反攻に出れず 徐々に数を減らしていく

「退却!!!!」 その声に残った20騎ほどが馬首を返し 街道を外れ散り散りに逃げていく

「よし! 馬を奪え!! 殿を追うぞ!!!」

逃げ遅れた数名にとどめを刺し 浜松城に向けて駆ける
忠勝軍の死傷者は無し 「退却!!!!」と叫んだのも忠勝の兵である
武力でも知力でも1枚も2枚も忠勝が上だった。
浜松城まで、あと数百メートルというところで無事に徳川家康に追いつく
薄闇に包まれ 篝火が焚かれ始めた城は、どこか儚さが漂っている

「殿 ご無事で何より」

「忠勝 お前は約束を違えたことはないのう 誠にわしには過ぎた家臣じゃ」

「その言葉、恐悦至極に御座います 山県昌景が迫っております 急ぎ城へ」

「そうじゃな 先にも申したが大手門は開け放しておけ 篝火をあるだけ焚かせるのじゃ 
 思慮深い 山県昌景の事じゃ 攻め込むのに戸惑うじゃろう これぞ空城の計じゃ ハッハッハ」

高らかに笑う家康だが。。。内心ではヤケクソであった 
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み