第109話 大天狗

文字数 3,053文字

「よかろう 少し話をするとしよう」
目の前の、大天狗が羽団扇で忠勝に風を送ると痛々しかった手足の指が完治し
小袖青袴のいつもの装束に身を包まれる
「なっ!?」

「我は、この国の民より“護法魔王尊”と呼ばれている お前は、すでに“毘沙門天”と
“千手観音”の加護を授かっているのでな、もしも我の加護を授かる事が出来れば
三位一体“尊天”の力を行使できるようになるやもしれん」

「その為に、ここまで参りました」
「よく聞け忠勝、尊天という力はな、この世界の者共では、抗いきれぬ厄災に見舞われた時に
この世界の均衡を崩す者を排除する為に、天界の遥か上 この世界を統べる者の
大いなる意思が与えてくださった秘儀だ お前がここへ来たことは、お前の意思でもあり我らの意思でもある 我らは、お前が尊天の力を得るに相応しいのか見極めねばならんし、お前は、それに応えねばならん」

「元より、そのつもりでまかり越しました」

「お前の覚悟は見せてもらった 心弱き者、覚悟無き者に、この塔は登れぬからな 
お前が、火竜と呼んでいる者共は、この世界に存在してはならぬ生き物だ 
まさしく抗いきれぬ厄災と言えるだろう そしてもう一つ、お前の妻となった、あの女と仲間達もまた
この世界に存在してはならぬ生き物なのだぞ もしも彼らが、この世界に刃を向ける事があれば 
それを排除する事が、尊天の務めとなる その覚悟が、お前にはあるか?」

「私の妻も、その仲間達も決して、この世界に刃を向ける事などありません!
しかし もしもそのような事があれば、その時には、この手で滅する事を約束します」

「確かに申したな 本多忠勝、この宇宙の意思を欺く事は出来ぬぞ よいな?
では、次の試練だ その大天狗と戦え!」
正面に立つ大天狗を見据える いつの間にか、羽団扇を腰に下げ 手に十文字槍を持ち
静かな動作で、右前半身となり大上段に構える 大天狗
それに対し、いつの間にか目の前の地面に突き立った蜻蛉切りを手に取り 中段に構える 忠勝
大天狗との間合い3m、一歩踏み込めば互いの穂先の届く距離
大天狗の高下駄が土を蹴る 中段の構えそのままで首筋から鮮血を噴き出す 忠勝


岩村城 二の丸
食事を摂れるほどに回復し、昼食後に日課となる 午眠に就いている ルイ
そんなルイの頬を、妖狐の尻尾の房が、そっと撫でた気がした 浅い眠りの中
頬に手を当て、お玉がここには居ない事を思い出し 再び目を閉じる
“ルイ。。。ルイ。。。ルイ。。。ルイ。。。”

“お玉様か? もう戻ってきたのか?”

“ああ あんたに言っておきたい事が、あってね それだけ言ったら、すぐに帰るよ”

“なんだよ あらたまって”

“ルイ、あんたに頼みがあるんだよ あんたは、火竜を倒して もう十分に使命を果たしたろ?”

“なにが言いたいんだよ? まだバハムートとか言う、子竜が残っているだろ?”

“あの子竜達は、他のみんなに任せて、あんたは、ここで身体を完全に治すんだよ
たとえ完全に治った後でも、あいつ等とは戦わないと約束しておくれ”

“そんな事を、出来るはずがないだろ!? 今日のお玉様おかしいぞ!?”

“そうだね。。。ちょっとおかしいかもしれないね、あたしはね、あんたに死んで欲しくないんだって事を頼むから覚えておいておくれ”

“ああ 覚えておくよ 俺もお玉様には、死んで欲しくないからな”

“ありがとうよ そろそろ行かないとならないね。。。ルイ今まで楽しかったよ”

“そんな言い方やめろよ!”
ルイの目の前から ふっと姿を消す 妖狐

「お玉様!!」
がばっと半身を起こす ルイ
「ルイ どうしたのですか? 涙など流して。。。」
急に叫ぶルイに驚き 枕元に座る おりん
「夢か。。。? いやお玉様が夢に現れて、俺にバハムートと戦うなと。。。
戦えば死ぬと言いたげだった」
「お玉様が?」


下鴨神社の境内、蹲り嗚咽を漏らす エヴァの後ろから近づいてくる 武田信玄
「何があったのか、聞かせてもらえるだろうか?」
エヴァの肩に、優しく手を置き話しかける

「お館様。。。お玉様が、死んでしまいました」
武田信玄の胸に顔を埋め 咽び泣く エヴァ
黙ってエヴァの次の言葉を待つ 信玄

「崇徳院と名乗る、お玉様と因縁のある 数代前の天皇が夜叉の姿で現れて。。。」

「なんと!怨霊と言われる、75代崇徳天皇が!?」

「はい 崇徳院の怨霊が、霧の魔獣ネボアを取り込み夜叉として実体を持って
お玉様に呪いを。。。ひぇっっく」

「この国で最凶と言われる、崇徳院の呪いとは、それほどなのか。。。」
絶句する 武田信玄

「それほどの怨霊が、都で野放しになっていると言うのか?」

「いえ お玉様の呪い返しで、封じられているはずです 私がついていながら。。。
ルイにみんなになんと言えばよいか」

「天女殿、人間長く生きていると、たくさんの死を見ることになる それはもう嫌になるほどのな 
大事な者の死に顔を見るくらいなら、自分が先に死にたかったと思うほどに
しかしな、天女殿 わしは思うんじゃ 先に逝った者の遺志を継ぐことが、供養になるのだと」
その時、武田信玄の脳裏には、徳川家康が浮かんでいた

「はい、私も。。。そう思います 必ず火竜を討ってお玉様の供養にしたいと思います」
少し落ち着いたのか、ようやく涙を拭う エヴァ

「ところで、本多忠勝は、一緒ではないのか? 姿が見えぬようだが??」

「忠勝殿は、尊天の加護を得るために、鞍馬寺の奥の院·魔王殿に入られて、姿を消してしまいました。。。ひっくぅぅぅぅっ」
ようやく泣き止んだというのに、また涙が溢れ出す エヴァ
聞いた事を、激しく後悔する 武田信玄


大垣城 練兵所
「ブルート先生! お玉様が。。。お玉様が、死んじゃいました。。。」
瞳に大粒の涙を湛えながら そう訴える茶々

「茶々、なぜ? そんな事が、わかるんだい??」
修練中の剣を置き、茶々の両肩に手をやる ブルート

「私の精霊ベラとフローが教えてくれました みんなにありがとうと伝えてくれと」
堪え切れずに、茶々の瞳から大粒の涙が、溢れ落ちる

「茶々の精霊ベラとフローが揃うと、知人の死がわかるというのか? それは。。。
小さな茶々には、残酷すぎるだろう。。。?」

「茶々!!お玉様が死んでしまったのか!?」
茶々とブルートの会話を聞きつけた 満腹丸が、大声で叫び、駆け寄ってくる

「みんなにありがとうって。。。言ってる」

「そんな。。。お玉様 今朝話したばかりなのに。。。」

「嫌だよ〜 お玉様〜 帰ってきておくれよ〜!」
年少組は、耐えきれずに泣き出し 年長組は、必死に涙を堪える

「みんな お玉様がどうして亡くなったのかは、まだ解らないが、おそらくは
火竜が関係しているだろう お玉様ほどの存在でも、命を落とすほどの敵だと言う事だ
みんなには、火竜との戦いの前線には立って欲しくないが、もしも俺達に何かあった時に
この国を守れるのは、君達しか居なくなる。。。戦い方を教えておいて、矛盾していると自分でもわかっているが、君達は決して死なないでくれ! どんなに無様な姿を晒そうが、生き残って欲しいと思う その為にも、しつこいようだが、己を守る術を身に着けてくれ」
「「「「「「「「「「はい ブルート先生。。。」」」」」」」」」」


上段から振り下ろされた 十文字槍の穂先が、胸をかすめ 忠勝の小袖の胸元が真紅に染まる それを気にも止めず、さらに一歩踏み込み 大天狗の首にめがけて蜻蛉切りを扱く
かくんっと忠勝の、顎が上がり 忠勝の額の真ん中に十文字槍の穂先がめり込み
23回目の死を体験する 本多忠勝



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