第44話 本能寺燃ゆ!

文字数 2,977文字

グルルルルルッ! グルルルルルッ! 
御嶽山の火口から200メートルほど降りた岩床にベヒーモスは横たわっている
湧き立つ溶岩の熱により、他の生物の生存を許さない超高温の環境で 少し離れた岩棚に3つの卵を産み
火山の地熱を利用して抱卵としていた

そして本来であれば、あらゆる傷を数時間で完治させることの出来るはずの肉体が
己の知らない魔力を帯びた刃物で切付けられ、その傷が未だ完治せず 静養を余儀なくされていた
己の肉体が変化している あの赤い霧状の。。。。視認できるほどの強い怨念が己の体内に融合した事で飛行能力を手に入れた さらに明確な事は、今しているように思案する事が出来るようになっている
本能に従い動くのではなく 己の意思を持ってここに留まり 静養をしている
驚くべき変化だ!? 進化というのだろうか?

ここは安全だろう しかし己が産み出されたサランドルダンジョンからの因縁の赤いオーラを持つ、あの連中ならば、ここまで追って来れるかもしれない この環境でも戦えるのかもしれない 警戒しなければならない
己を縛り付ける術を持ち 己の肉を抉る剣を持つ しかしながら思考と警戒を手に入れた己は
生物として数段の進歩を遂げているのだろう だがしかし 唯一厄介な物も手に入れている それは感情だ
己は、この卵達が可愛くて仕方がない 己の命と引き換えにしてでも この卵を守りたいと思うほどに。。。
グルルルルルッ! 守らねばならない これは感情なのだろうか? 本能なのだろうか?


《あんた面白い物を持っているんだね? 空間を歪ませて物を収納できるなんて私も入れて運んでおくれよ》

「構わないが、生物は死んじまうようだぞ?玉は、生物なのか精神体なのか微妙なところだからな。。。実験も兼ねて入ってみるか??」

《いや。。。遠慮しとくよ それよりこの山を越えると 御嶽山が見えてくるよ 
これだけ離れているのに嫌な気を撒き散らかしているねぇ 私の国を我が物顔で飛び回りおって!》

「火口から侵入してから、出てきていないようなんだよ 傷が癒えるまで大人しくしているのか。。。
あるいは、本当に産卵して巣ごもりをしているのか。。。」

《産卵だって?あんなのが増えるなんて我慢ならないね 卵のうちに壊すっていうのは、どうだい?》

「あそこで戦うのは、あまりにも俺たちに不利だからな
あの中で戦うには、天女の加護を何重にも掛けてもらって
なんとか動けるようになるくらいだからな  出てくるのを待つより無いよな。。。」


駿河 井伊谷城

「義母様 天女様より、私に文が届きました 鳴海城に来るようにと」
伝書鳩で届いた 小さな文を握りしめ 井伊直虎の居室に駆け込む 井伊直政

「天女様がお呼びとあれば、すぐにでも出立せねばならないが、いったいどのような御用だろうね?」
井伊直虎が首を傾げる

「どのような御用であれ、天女様のお役に立てるのでしたら これ以上の誉れはございません」

「ふむ お前が、こうして生きていられるのも天女様のおかげ、出立の用意をおし」


信濃 上田城

「母上、父上より文が届きました 読んで下さい」

「幸村、父上が鳴海城にてお待ちです 長旅になりますが、行きますか?」

「父上がお呼びでしたら、何処へでも行きますが 何かお役に立てることがあるのでしょうか?」

「貴方も真田の男児です 父上のため、真田のため精進してきなさい」

「はい 母上、行ってまいります」
喜びと期待に胸が高鳴る 真田幸村


朝倉義景が去り 武田信玄が去った 本能寺 

その山門の横に急造の(ほこら)が建てられ 予め天女より入手した 数本の髪の毛が祀られており
[天女小堂]と名付けられ連日大勢の参拝者で賑わっている
実際に天女の奇跡に触れた者、その美しさに魅入られた者達が、お供えは食べ物がご利益があるという
噂を信じ 日参する者が後を立たない

「お市よ、あの天女殿の人気は、凄まじいな」信長が山門の方角を眺めながら 横に座る妹に話しかける

「誠にございますね 私もあの方の虜となってしまいました」少し頬を赤らめる お市

「人というのは、ほんの数日の邂逅で、これほどまでに人々の心を掴むものなのか?」

「あの方は、なんの見返りも求めず 民が幸せになるように導かれているように私には感じられます
そしてこの国が安定するように武田信玄公を導かれているように。。。
その無欲さと誠実さが人の心を掴むのではないでしょうか」

「わしも初めは、我が領民の為と戦ってきたつもりなんだがな領民の為にと尾張を治め より良い暮らしをと
美濃を治め 義昭公を将軍に据え、それがいつの頃からか、自分の意に反する者共は、すべて滅ぼさなければ
ならないという強迫観念に支配されるようになった さらには、すべての権力を手に入れねば自分の存在意義が無くなるという強迫観念にもな」

「兄上 市が兄上のお側にいた頃は、そのような気配など微塵も感じませんでしたが。。。領民にも私にも
そして家臣にも優しい兄上でした」

「天女殿が言われたように あのマントを手に入れてから変わったのかもしれん 我が意に従わぬ朝倉を討ちに行き、それを諌めたお前の夫を裏切り者と激昂し滅ぼそうと心に誓った その為に比叡山の坊主も女子供までをも、皆殺しにしてしまった 正直、自分が怖かった しかし喜びにうち震える自分も確かにいた お前の夫や、朝倉義景の頭蓋を盃にして酒を飲む自分を夢想して悦に入った事もある 自分で自分を止められなんだ 非難する家臣も幾人も手に掛けてきた 幼い頃より可愛がってきた家康までもな。。。狂人だな」

「兄上 それも天女様が止めてくださいました 信玄公も手を差し伸べて下さいました 優しかった頃の兄上に戻られたと市には、わかっております これからは国の為、民の為に戦いましょう」

「そうだな、それで許されるとは思えんが もう天下統一を目指さなくてもよいのだな。。。
 正直ほっとしている」

そう言った兄の顔が、優しかった頃の兄に間違いなく戻ったと確信した お市

「兄上 山門がお供え物で溢れて大変な事になっています 少し手伝ってまいりますね」

「なにもお前が行かずとも」

「天女様を信じる民の顔を見るのが好きなのです」そう言うと山門に向かい駆け出す お市

ー『あっ 懐妊した事を伝えるのを忘れていました 後で伝えましょう きっと喜んで下さいますわ』ー


東の空から京を目指す 憎悪の塊と化したベヒーモスがこの世界では、ありえない速度で飛来する
それは、ベヒーモスだけの意思ではなく 新たにベヒーモスへと宿った物の意思が 自分を追い出した宿主を
滅せよと、この国をあと僅かで手中に治めるはずだったという恨みを持って新たなる宿主に行動を起こさせた

六角堂の上空で翼をゆっくりと羽ばたかせ滞空すると ベヒーモスが口を大きく開くと 
その前方で炎が渦を巻きながら球形を形成していく さらに大きく開くと強烈な竜の息吹が
“ボッ!!”という音と共に発射される 
本能寺の九つの塔の全てを焼き尽くさんと、青白い業火が広大な本能寺を舐めるように覆い尽くす
そこから北に大きく旋回しながら、己の魔力を炎へと変え 息の続く限りの業火を吐き出す
周辺の家屋もろとも二条城の本丸を飲み込み 内裏の南半分を焼き払った火竜は、一息に速度を上げ 
東の空へと消えて行く
時間にして1分にも満たない 蹂躙であった

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