第19話 風魔党

文字数 5,377文字

「親より先に死ぬ以上の、親不孝はないやね。。。あの子は、どこに居ようと盆と暮には必ず便りをくれる
本当に優しい子だったんだけどね」家康の生母 於大の方が袖で涙を拭う

「お祖母様 大伯父様、私は父の仇を討ち 父の望みを武田信玄公と共に叶えとうございます」
頭を下げたまま、2人の言葉を待つ 信康

「信康 それは、ここで言ってもいい言葉ではないぞ ここは織田信長公の領地じゃ」

「大伯父様 天下泰平のために織田信長公か武田信玄公かどちらが良いのか今一度 お考えください」

「信康 お前も大人になったんじゃのう。。。ところで本多忠勝殿も久しぶりじゃのう 家康によく仕えてくれていたようじゃのう 甥に代わって礼を言う ここに居るという事は これからは、信康に仕えてくれるという事なのだな?」
安心したように うんうんと頷く 水野信元

「いえ 拙者の主は、生涯こちらに居られる天女様 唯お一人に御座います」
胸を張り きっぱりと言い切る 巫女姿のエヴァを見つめる 信元

「大伯父様 ご紹介が遅れました こちらが武田家に降臨された天女様に御座います」

「お主まで、なにを? こちらの巫女様が天女だと? しかも武田家に降臨されたと?? これほどに美しければ
そう言いたくなるじゃろうが」

「ご挨拶が遅れました 信康様の大伯父様、お祖母様 この日の本のために天より遣わされた者です
天は、この国の舵取りに武田信玄公を望んでいるという事です」

「噂は聞いていました 貴方が天女様ですか 誠に美しい 見ているだけでも寿命が伸びるというものじゃ」
於大の方様が目を細める

「な 何をたわけたことを 美しいというだけで天女だと言われても。。。えっ?」
天女に手を取られていた 於大の方の双眸から涙が溢れ、全身を暖かい光に包まれる

「長い事 生きているが、このような心持ちは初めてじゃのう おかしいのう涙が止まらぬ」
於大の方の表情から家康を亡くした哀しみの色が和らぎ 安らかな色が広がる

「胃の腑を病んでいらしたのですね もう大丈夫ですよ 長生きをなさって下さい」そっと手を離す

「兄上様」衿をただし 信元に向き合う 於大の方

「私の人生 楽しいことよりも辛いことの方が あまりにも多い人生でした 誰を恨むわけでは、ございませんが、愛する息子を奪った者の為に 実の兄が、その息子の長男と争うのを私に見せるくらいでしたら。。。
その前に私の命を終わらせては下さいませぬか?」

「於大よ、わしとて信康と争いとうは無い しかし信長公は、誠に恐ろしき方じゃ 水野家のためにも裏切るわけにはいかんのじゃ わかってくれ」わなわなと唇を震わせる 信元

「織田信長は、勝てませんよ それに、もしもここが攻められても援軍も出しません」
当たり前のように言う エヴァ

「な 何を根拠にそのような事を!」声を荒げる 信元

「そうですね まず援軍は最前線のここではなく鳴海城に2万以上が向かっています 明日には入るでしょう
思ったより対応が早くて驚いています」

「「「「はっ?」」」」一同まさに寝耳に水である

「勝てない理由ですが ここに居る本多忠勝と、この城内にいる すべての兵士たちが戦っても勝てないのですが。。。。信じませんよね? そこに活けてあるお花を一輪お借りしても?」
於大の方が一輪の白い花を手渡す

「水野様 この花を折ることが出来ますか?」
その花を信元に差し出す エヴァ 黙って受け取り 両手で折り エヴァに返す

「これが傷ついた兵です」
そう言うと 左手で持った花に右手を翳す すると、くの字に折れていた花が淡い光に包まれ真っ直ぐに戻る さらに青い光が包む

「もう一度 折ってください」また 信元に差し出す

「なんのまやかしじゃ?」受け取り 先ほどと同じように両手で折る。。。折れない? 
さらに力を加える まったく曲がる様子もない 花びらを引っ張るがびくともしない
じっと見つめる 於大の方に手渡す しげしげと見つめ折ろうと力を入れる於大の方

「触った感触は、柔らかいのにね〜 これが天女様の神通力なのですね」

「はい 武田、徳川の兵は傷ついても私が治しますし そもそも傷つけるのも不可能かと」
黙ったまま逡巡する 信元

「兄上様、裏切るのではありません この於大の一生一度の願いでございます 私と信康のため 
いいえ 一族のために家康の仇を取るのです!」

           〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

岡崎城の城下町 堀に架かる1つ目の橋に足を掛けたところで見知った顔に足を止める
向こうも気づいたようで声をかけてくる 「よぉ ルイじゃないか」

「うん? たしか小太郎といったな」
駿河の大宮城に向かう途中で会った事を、覚えていた

「覚えてくれていたようで嬉しいよ あの時は馳走になったな お返しと言ってはなんだが酒でもどうだ?」
口元に手をやりクイッとお猪口を煽る真似をする

「昼間だぞ? それに俺は酒を飲まん」
酒癖の悪すぎるエヴァの影響なのか ルイは酒に対して一線を引いていた

「じゃあ 団子でも付き合え」返事も待たずに (きびす)を返すと すたすたと歩き出す 小太郎

一瞬、躊躇(ちゅうちょ)するが小太郎の背中を見送り、再び橋に足を掛ける
橋を渡り切ったところで、追いかけてくる小太郎の叫びが聞こえてくる

「おい!おい!おい!おいっ!おかしいだろ!!」 ちょっと泣きそうな 小太郎

「いや 城に帰れば上手い飯があるから。。。」

「いや!いや!いや! それでも久しぶりに会った友に付き合うものだろ!?」

「別に友じゃないしな。。。10日も経ってないし」ますます泣きそうな 小太郎

「じゃあ 俺と勝負をしてくれ!!」

「最初から、そう言え そっちの方が楽しそうだ」
再び踵を返し小太郎に黙ってついて行くルイ


大林寺の山門を潜る

「確かここは、北条の援軍が駐屯してる寺だろ?」脳内地図で確認をする

「ああ 俺は北条の人間だからな 北条家が家臣 風魔党頭領 風魔小太郎だ」
胸を張り ルイの驚いた反応を待つ

「ああ。。。そうなのか じゃあ行こう」小太郎を放って 石段を登る

「おい!おい!おいっ! おかしいだろ!!」またも泣きそうな 小太郎

「面白いから からかっただけだ フッハッハッハ」心底可笑しそうに笑う ルイ

「。。。。。」頬を膨らますが 厳つい顔の大男がやると かなり不気味だ

「風魔党っていうのは?」

「まあ 元々は乱波(らっぱ)なんだがな、斥候を得意とはしているが 甲賀だの伊賀だのとは違い 
闇に潜まない 戦にもでるし、領地も持つぞ」

「よくわからんが 堂々と名乗るのだから、忍者ではないよな。。。」
階段を登り切り 境内へと入ると出陣が近いせいか大勢が慌ただしく動いている

小太郎が、誰かを探しているのか辺りを見渡す 目的の人物を見つけたようで、大きく手を振りながら小走りで近づいていく

「ルイ 紹介する 北条家臣 山角定勝殿だ この援軍の大将だな」

「山角定勝と申す 陰陽師で龍神殺しのルイ殿 噂は色々と聞いております」

「陰陽氏のルイです 良い噂なら良いのですが 小太郎 俺は加賀までとんぼ返りで疲れているんだ
さっさと始めようか?」 山角に軽く頭を下げ 小太郎を急かす

「そう慌てるな 着替えたいのだが良いか? あと木刀を用意するから待ってくれ」

「木刀は必要ないぞ 真剣でいい 俺は無手で相手をしよう」

「あまり舐めていると痛い目にあうかもしれんぞ? 一応聞いておくが 何を使ってもいいってことか?」

「ああ 良いぞ 鉄砲でもな」ニヤッと意地悪く笑う

用意されたお茶を飲みながら 小太郎を待つ 先程まで賑わっていた境内が開放され
20人ほどの黒い忍者装束の男達が境内に駆け込んでくる 同じ忍者装束であるが、ひときわ背の高い小太郎が
小太刀を2本腰に指し ルイの前に現れる

「何を使ってもいいってことだから 風魔党の俺の部下20名使わせてもらう」
言い終わると同時に背後から飛んできた矢を上体を後ろに倒しながら 人差し指と中指で止める (やじり)は外してあり 殺す気は無いようだ

「殺す気で来ていいぞ」
上体を起こしながら右に飛ぶ 元居た場所に小太郎の指弾から放たれた小石が通過する

「ずいぶん上達したようだな 当たらないけどな」

左右から走り込んできた2人が、ルイの手前で交差しながらクナイを放つと同時に樹上から吹き矢が放たれる
それら全てを、両手の指の間で挟み止め2本のクナイを両手に持ち構える

「初めて見る武器ばかりだ 面白いな」

ルイの頭上に、短い導火線の付いた物体が盛大に煙を吐きながら投げ込まれる
視界を煙で遮られたルイに四方から吹き矢、クナイ、手裏剣、鏃のない弓が正確に打ち込まれる
それら全てを両手のクナイで弾きながら 正面から両手に小太刀を持ち、体を低くしながら切り掛かってくる
小太郎に備える 鋭い踏み込みから右手の小太刀を上段から斬りおろし 
同時に左手の小太刀で足を狙って、左から右上に切り上げてくる 怪力ぶりが垣間見える
これも左右のクナイで受け止める

「やっぱりお前強いな 部下の練度も高い」

「やっぱりお前は、化け物だよ ルイ」
両手の小太刀に力を込め 小柄なルイを抑え込もうとするが、びくともしない

「楽しかったけど 終わりにするよ」
ルイがそう言うと 両手の力が急に抜け 前方に倒れ込む 小太郎

煙幕の中に取り残された小太郎が視界の効かない 四方に耳を澄ますと「ギャッ!」 「痛っ!!」
短い悲鳴と打撃音があらゆる方向から同時に聞こえてくる

一陣の風と共に煙幕が晴れる、嫌な予感に後ろへと飛ぶ 風魔小太郎
足元に飛礫が4つ着弾する 改めて境内を見渡すと

立っている部下は、一人も居ない わずか数秒で意識を刈られている 
予想していたよりはるかに強いという事か。。。

「俺の勝ちだな?」 声が聞こえるが ルイの姿が見えない

「まだ 俺が居るぞ 隠れていないで出てこい!」

“ピシッ!”「痛っ!」額に小石が当たる  

「俺の勝ちだな?」すぐ近くから声がするのだが 姿は見えない

「ちょっと待て 姿を現せ 正々堂々と 痛っ!」
先程より やや大きめの石が額に当たる 涙目で額を抑える

「俺の勝ちだな?」
狙いを定ませまいと 右に左に上に下へと跳ね回る小太郎 
「まだわからんぞ!!」境内の銀杏の木の裏に避難し呼吸を整える 
ー『くそっ 手も足も出ないのか。。。』ー
目の前の地面が盛り上がり、小石が発射される

バシッ!「痛っ〜〜!!」さらに大きめの小石が額の寸分違わぬところに、めり込む 

「俺の勝ちだな?」額を抑え(うずくま)っている 小太郎
蹲ったまま横目で、小石が発射された地面を確認し2本の小太刀を突き立てる 
さらに狂ったように 突くっ!突くっ!突くっ!突くっ!!突くっ!!突くっ!!!
「どうだ!?ここか!?どうだ!? ガッハッハッハ」
額にコブを作り 痛みに涙を流し 大口を開けて大笑いしている 厳つい大男。。。きつい絵面である
狂ったように地面に小太刀を突き立て続ける 小太郎の肩をポンポンッと叩く

「ちょっと待て! 今あの化け物の息の根を。。。?」静かに振り向く 小太郎

「俺の勝ちだな?」デコピンが小太郎の額に炸裂し 意識を刈り取られる小太郎


「あの風魔党が子供扱いか。。。噂以上のようですな」山角定勝が呆けたように口を開けている

「思ったより楽しかったです 皆しばらくしたら意識が戻るでしょう で? どうします?」

「えっ? どうしますとは?」

「このまま武田に付くか、あるいは織田に付くのか試しているのでは?」

「いや そのような事は。。。」

「今の武田にとって一番厄介なのは、織田と北条に東西から挟撃される事だからな 
言っておくが、天女様は俺の百倍強いぞ」

「北条が織田に付くことは無いと誓おう 天女様は本当にお主の百倍強いのか?」

「間違いないな 天女様の為に命を投げ出す者は、いくらでも居る その者たちに天女の加護を授けられたら
俺でも勝てないだろう」

「なるほど一度お見掛けしたが、命を賭してもよいと思えるほどの美しき方だったな」
遠い目で中空を仰ぐ 山角定勝

「ここにも危ないやつが。。。俺は帰るよ 腹も減ったし」

「そうか また遊びに来てくれ 出来れば天女様と。。。いや皆の士気が上がるのでな」

「そうそう風魔の連中が来てた装束 俺も着てみたいな くれるか?」
黒の忍者装束を気に入ったようである

「わかった 背丈の合いそうな者のを1つ脱がして持って帰ってくれ」

「いいのか?」 そう言いながら 自分に近い背丈の者を探す 「あれだな」


「くそっ 痛っ!」目を覚まし額の痛みに また気を失いそうになる小太郎

「くそ~ ルイ!ルイは?」境内を見渡すがルイの姿は見えず 自分の部下が転がっているだけだ

「もう帰られたぞ」山角定勝が答える

「そうか。。。手も足も出なかったな こんな負け方は初めてだ」しょんぼりと肩を落とす 

「天女様はルイの百倍強いらしいぞ」

「は? あれの百倍強かったら 一人で一国を落とせるだろ!?」

「小太郎よ 済まぬが小田原まで行って 殿に報せてくれるか? この戦 武田の勝ちは揺るがぬとな」

「ああ そうだな このたんこぶ冷やしてからでいいか?」



1人また1人と意識を取り戻す 風魔党の面々 どうやら全員がデコピンでやられたようだ

「頭! 頭〜〜!!なんで俺だけ裸なんでしょう!?」ルイに一番背格好が近かったからである。。。



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